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著…蛭田亜紗子『エンディングドレス』

 いつか必ず訪れる「自分の死」について考えるきっかけをくれる小説。



 ※注意
 以下の文は、結末を含むネタバレを含みます。
 未読の方はご注意ください。



 自分がいつ、どこで、どんな風に死ぬかは誰にも選べませんよね?

 けれど、状況さえ許せばですが、「自分が棺の中でどんな服を纏うか」は選べます。

 白装束を着て旅立つ方も沢山います。

 が、中には、思い出深い服を着たい方もいるでしょう。

 また、今まで袖を通す機会に恵まれなかった憧れの服を着て旅立ちたい方もいるでしょう。

 望む装いで旅立つためには、遺される人たちの協力が不可欠です。

 たとえ本人が生前に「これをわたしのエンディングドレスにして欲しい」と決めて準備していても、死んでしまったら一人でそれを着ることは出来ません。

 誰かに着せてもらわなくては。

 だから、お気に入りの服で旅立てる人は、願いを叶えてくれる家族や友人に恵まれた人だと言えるでしょう。

 さて、この本は、自分が最期に纏う「エンディングドレス」を縫う洋裁教室を舞台にした小説です。

 生徒たちは自分の体形に合わせた型紙を起こしながら、先生から出される課題に取り組んでいきます。

 はたちのときにいちばん気に入っていた服をつくる。

 十五歳のころに憧れていた服をつくる。

 思い出の服をリメイクする。

 自分以外のだれかのための服をつくる。

 自己紹介代わりの一着を縫う。

 つぎの季節のための服をつくる…。


 生徒たちはこうした課題を通して洋裁の腕を上達させながら、頃合いを見て、いよいよエンディングドレスづくりに取り掛かるのです。

 生徒4人のうち3人はおばあさんたち(千代子さん、しのぶさん、おリュウさん)ですが、主人公・麻緒(あさお)はまだ32歳。

 麻緒は夫を病気のため亡くし、お腹の中の赤ん坊も二度亡くし、飼い猫も亡くし、スマホのメモ帳アプリに自殺に向けたTO DO リストを作って、着実にリストをこなしていました。

 麻緒は首吊り用のロープを買いに出かけた時、「終末の洋裁教室」のポスターと出会います。

 「週末」ではなく「終末」。

 「春ははじまりの季節。さあ、死に支度をはじめましょう。あなただけの死に装束を、手づくりで」と書かれている奇妙なポスターに惹かれ、麻緒はTO DO リストに「死に装束を縫う」を追加しました。

 亡き夫に会いに行くためのドレスを作ろう、と。

 課題の服を作る度、夫のこと、赤ん坊のこと、飼い猫のことが次々と思い出されて、麻緒はとても苦しい思いをします。

 3人のおばあさんたちもそれぞれ自分の過去を振り返りながら服を作っていて、みんなそれぞれ苦い思い出があります。

 先生もそう。

 けれど、おばあさんたちも先生も、まだ若いのにエンディングドレスを縫いに来た麻緒のことを心から心配しつつも、麻緒が抱えている事情を無理やり聞き出すことはせず、見守りながら少しずつ麻緒の話を聞いてくれます。

 きっとそのおかげなのでしょう。

 この小説を読んでいると穏やかな気持ちになれるのは。

 嫌な人が出てこず、登場人物がみんないい人、という小説は他にいくらでもあるけれど、そういう小説は読者を泣かせようとする演出が妙にくどかったりします。

 けれど、この小説は優しい。

 誰かがミシンを踏む、カタカタカタカタ、という一定の音が静かに聴こえてくるかのような心地良さがあります。

 実は、おばあさんたちのうちの一人・しのぶさんは実は男性だけれど、みんなしのぶさんの生き方をとやかく言わず、しのぶさんをおじいさんではなくおばあさんとして受け入れています。

 そういう優しい雰囲気の小説なので、終始穏やかな気持ちで読めます。

 麻緒がベランダの枯れた枝などを処分していて朝顔の種を見つけ、自分は赤ん坊を産めなかったけれど未来へ繋げることができるものを見つけた、と涙を流す場面や、

 「自分以外のだれかのための服を作る」という課題で、おばあさんたちのうちの一人・千代子さんが麻緒のためのパジャマを作り、「あなたが気持ちよくぐっすり眠れるようなパジャマをプレゼントしたいと思ったの」と手渡してくれる場面や、

 おばあちゃんのうちの一人・おリュウさんが途中で亡くなってしまったので、おリュウさんのデザイン帳をもとにみんなで徹夜でエンディングドレスを完成させ(ちなみにどんなデザインかというと、全面にビーズ刺繍を施した豪華なドレス!)、そのエンディングドレスを纏ったおリュウさんをみんなで見送る場面や、

 一時は本当にロープを首にかけていた麻緒が、終末の洋裁教室に通ったことで、「ミシンを踏みながら自分のパーツを縫い合わせていく感じ。先生の洋裁教室に出会わなければ、わたしもいまもきっとばらばらのままだった」と言えるようになり、これからの人生へ歩み出す場面が、

 わたしのお気に入り。

 この小説を読んでいたら、わたしもエンディングドレスを縫いたくなりました。




 〈こういう方におすすめ〉
 「自分の死」について考えるきっかけが欲しい方。
 前向きな気持ちで「死に装束」を準備したい方。

 〈読書所要時間の目安〉
 2時間くらい。

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