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著…アーサー・コナン・ドイル 訳…小林司、東山あかね 注・解説訳…高田寛『シャーロック・ホームズ全集 新装版 第2巻 四つのサイン』

 たった一つの品物の状態から、その元の持ち主の性格、経済状況、更に今の持ち主との間柄まで言い当ててしまうシャーロック・ホームズ。

 普通の人なら気づきもしない些細なことにも意識を向け、殺人事件の謎を解いていく。

 その思考の過程が興味深い一冊です。


 しかしながら、やはり注目したいのは、今作の冒頭でホームズが自分の腕にコカインを射っているという点…。

 当時はコカインの危険性が今のようには知られていなかったとはいえ、ホームズは「体には良くない影響を与えるだろう」と分かっているにもかかわらず、コカインを注射しているのです。

 そして、戸惑うワトスン先生に、こう言います。

 ぼくの精神は停滞を嫌うのさ。問題があればいい。仕事がしたいのだ。このうえなく難解な暗号文の解読でもいい。あるいは複雑このうえない分析でもいい。そうすれば、ぼくはすぐに水を得た魚のように生き返るのさ。そうすれば人工的な刺激などは要らなくなる。ぼくは、ぼんやりと生きていくことに耐えられない。精神の高揚が必要なのだ。

(著…アーサー・コナン・ドイル 訳…小林司、東山あかね 注・解説訳…高田寛『シャーロック・ホームズ全集 新装版 第2巻 四つのサイン』P13から引用)


 と。

 ホームズにとって、難事件や暗号を解き明かすことは、この上ない愉しみ。

 けれど、何の事件も起きない平和な日々は、ただひたすら退屈。

 その場合、せめて人工的な刺激で気を紛らわさなければ生きていけない…。

 このくだりは、そういったことを表しています。

 ホームズという名探偵は事件という名のドラッグに依存している。

 そう言えなくもない衝撃的なシーンです。

 謎を解いている間は良いのだけれど、事件を解決して、世の中に穏やかな日々が戻れば、

 「ぼくにはね、まだこのコカインのびんが残っているさ」

(著…アーサー・コナン・ドイル 訳…小林司、東山あかね 注・解説訳…高田寛『シャーロック・ホームズ全集 新装版 第2巻 四つのサイン』P176から引用)


 と手を伸ばす…。

 寂しいと言うべきなのか、それとも哀しいと言うべきなのか。

 読んでいてなんとも言えない気分になりますね。

 なんだか、果てしない海を泳ぎながら息継ぎをして、泳いで、息継ぎをして…、そんなことを繰り返しながら泳ぎ続けているうちに、じわじわと疲れて沈んでいくかのようで。

 確実にコカインの毒は体を蝕んでいるはず。

 凡人には理解出来ない、天才であるがゆえの静かな狂気とも言えるかもしれません。

 独りで溺れてしまう前に、せめてホームズがワトスン先生と出会えて良かった…。



 〈こういう方におすすめ〉
 シャーロック・ホームズシリーズを現代語訳で読んでみたい方。

 〈読書所要時間の目安〉
 2時間くらい。

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