葉桜
その日は、おにぎりではなく、サンドイッチの気分だった。
ときどき、軽く食べれるものを買って、自然鑑賞に出かける。自分にはしっくりこないが、ピクニックと言い換えてもいい。もちろん、一人で。
よく持っていくのは、三つの味が入ったおにぎりと、紅鮭。これだけでも、それなりにお腹が満たされる。でも、その日は、果物のカラフルさとそれをサポートするホイップの白さに心を奪われ、フルーツサンドイッチを購入した。
*
四月の終わり頃から、行こう行こうと思っていた場所に足を運ぶ。
そこは例年、桜を見にくる場所だったが、今年は色々たてこんで、行けずじまいになっていた。そのことが少しだけ心残りだったことと、単純に桜のない風景を見るのも面白いかもしれない、という好奇心に駆られて、行き先に決める。
到着してまず目に入ってきたのは、新緑の葉桜だった。その清々しさに圧倒されて、思わず「すげえー」と呟いてしまう。
「葉桜の中の無数の空さわぐ」
「すげえー」の次に口をついて出たのは、上記の句である。頭の片隅に記録されていたものが、目の前の風景に導かれ、ウニョっと出てきた。誰の句なのか、どの本に書いてあったのか、何一つ思い出せない。
心地よい風が吹いている。さらさらと枝葉が揺れ、その中でちらちらと空の青が光る。まさに、句が描き取った風景そのものである。私はその風景を、フルーツサンドイッチとともに堪能した。
*
帰宅後、ウニョっと出てきた句の出典を求めて、本棚を漁る。数十分かけて、お目当ての本を見つけるができた。
引用したのは、「葉桜の〜」の句とともに掲載されていた、山本健吉の句評である。
文中にある「この作者」とは、「葉桜の〜」を詠んだ篠原梵である。彼は俳人で、「中央公論社」の編集者としても活躍した。
口をついて出るほど、「葉桜の〜」の句を気に入っているにもかかわらず、その作者を知らないというのは何とも失礼な話である。
私は何度も「篠原梵、篠原梵……」と呟いて、その名前を頭に刻み込んだ。
※※サポートのお願い※※
noteでは「クリエイターサポート機能」といって、100円・500円・自由金額の中から一つを選択して、投稿者を支援できるサービスがあります。「本ノ猪」をもし応援してくださる方がいれば、100円からでもご支援頂けると大変ありがたいです。
ご協力のほど、よろしくお願いいたします。