役終本
優れた本の特徴として、よく用いられる言葉がある。
アクチュアル。いまを生きる我々が、臨場感をもって読むことができる本。「数百年前に書かれた本とは思えない。学ぶべきところが多くある」といった感想は、対象の本が「アクチュアル」であると評価されたときに口にされる。ざっくり言ってしまえば、この本は全然古びていない、ということだ。
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アクチュアルな本、について考えるとき、私がよく頭に思い浮かべる言葉がある。それは、漢学者・諸橋轍次が、荘子の思想を解説した本の中で取り上げていたものだ。
数百年、数千年単位で読み継がれている作品というのは、上記にある「矯飾の語」の含有率が低めなのではないか、と思うことがある。
刊行当時の時事問題に特化して、その解決策を提示していく本よりも、抽象度の高い話題(例えば、愛、生死、国家など)を抽象度高めに分析していくものの方が、どうしても内容的には古びにくくなる。読者の側も、自身の置かれた現状と重ね合わせて読むことが容易になる。
ここで考えたいのは、「矯飾の語」が多く、結果的に古びてしまった本の価値というものをどう捉えるか、という点である。
私はこういった本を、勝手に「役割を終えた本」、略して「役終本(やくおえぼん)」と呼んで、チェックしてきた。きっかけは、古書店や古本まつりに通う中で、そういった本をちょくちょく目にする機会があったからである。
「役終本」の存在が、私たちに示してくれるのは、人類は着実に問題を解決してきたということである。逆に言えば、数百年、数千年単位で読み継がれている本の存在は、その中で指摘されている問題が、数百年、数千年間未解決のままであるということだ。
我々がある書籍を前にして、「数百年前に書かれた本とは思えない。学ぶべきところが多くある」と感嘆の声をあげるとき、そこでは同時に、自身を含めた人類に対する、呆れと反省の溜息が漏れてしかるべきなのだ。
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