反復
ふと、「そういえば、あんな小説読んだな」と思い出されることがある。このとき、思い出されるシーンが特異であったりすると、「意外と、印象に残ってたんだな」と発見がある。
*
以前、この和室の部屋を訪れたとき、私は友人とお汁粉を食べていた。
友人から我が家でお汁粉を作ってほしいと頼まれて、畳の部屋で食べるのも悪くない、と承諾する。11月、暖かいものが食べたくなる時期だった。
今回訪ねたのは、見てもらいたいものがある、と友人から連絡が来たからだが、それに付された「ミスタードーナツを買っておくから、一緒に食べよう」の方が決め手となる。あえて、見てもらいたいもの、が何なのか訊ねることはしなかった。
集合時間は、午後七時。外はすでに暗い。
暗くなってからでないと見せれないものなのか? と少し気にしつつ、友人宅を訪問する。和室の部屋でさっそくドーナツを頂きながら、二、三、近況報告を行なった。
「もうそろそろだな」。友人は置き時計とベランダを交互に見ながら、そんなことを口にする。何かが始まるのか? そう訊ねようとしたら、しっ! と制された。
……バチッ。
……バチッ。
……バチッ。
……ん? 何だこの音? 数十秒間おきに、破裂音のようなものがする。
集中して聞くと、どうやら音はベランダの方からするらしい。
何、この音? と訊ねると、友人はこっちこっちとベランダの方に手招きする。応ずると、ここを見よ、と言わんばかりに一点を指差した。
……バチッ。
何かが、ガラス戸にぶつかってきている。色は黒、というより深い緑。部屋の光に誘われての、衝突。……バチッ。
「虫?」
「うん、カメ虫」
「……一匹だけ?」
「いや、複数いると思う」
その後は、カメ虫の衝突音を聞きながらドーナツを食べるという、厳かな時間を過ごした。
*
帰宅するにあたり、友人に一つ頼まれたことがあった。「カメ虫が出てくる小説があれば教えてほしい」というものである。
その場で「そんなのないでしょ」と笑って返したのだが、帰り道に「……あの小説」と一作思い浮かぶものがあった。
山形県・注連寺での一冬を描いた「月山」。この作品を手に取ったのは五年以上前で、今のいままで読んだことすら忘れていた。
まさか私の頭に、「カメ虫⇨月山」という形でインプットされているとは思いもよらず、笑ってしまう。
さっそく友人に、森敦「月山」のことを教えてあげることにする。
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