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反復

 ふと、「そういえば、あんな小説読んだな」と思い出されることがある。このとき、思い出されるシーンが特異であったりすると、「意外と、印象に残ってたんだな」と発見がある。

 以前、この和室の部屋を訪れたとき、私は友人とお汁粉を食べていた。
 友人から我が家でお汁粉を作ってほしいと頼まれて、畳の部屋で食べるのも悪くない、と承諾する。11月、暖かいものが食べたくなる時期だった。

 今回訪ねたのは、見てもらいたいものがある、と友人から連絡が来たからだが、それに付された「ミスタードーナツを買っておくから、一緒に食べよう」の方が決め手となる。あえて、見てもらいたいもの、が何なのか訊ねることはしなかった。
 集合時間は、午後七時。外はすでに暗い。
 暗くなってからでないと見せれないものなのか? と少し気にしつつ、友人宅を訪問する。和室の部屋でさっそくドーナツを頂きながら、二、三、近況報告を行なった。

 「もうそろそろだな」。友人は置き時計とベランダを交互に見ながら、そんなことを口にする。何かが始まるのか? そう訊ねようとしたら、しっ! と制された。

……バチッ。
……バチッ。
……バチッ。

 ……ん? 何だこの音? 数十秒間おきに、破裂音のようなものがする。
 集中して聞くと、どうやら音はベランダの方からするらしい。
 何、この音? と訊ねると、友人はこっちこっちとベランダの方に手招きする。応ずると、ここを見よ、と言わんばかりに一点を指差した。

……バチッ。

 何かが、ガラス戸にぶつかってきている。色は黒、というより深い緑。部屋の光に誘われての、衝突。……バチッ。

「虫?」
「うん、カメ虫」
「……一匹だけ?」
「いや、複数いると思う」

 その後は、カメ虫の衝突音を聞きながらドーナツを食べるという、厳かな時間を過ごした。

 帰宅するにあたり、友人に一つ頼まれたことがあった。「カメ虫が出てくる小説があれば教えてほしい」というものである。
 その場で「そんなのないでしょ」と笑って返したのだが、帰り道に「……あの小説」と一作思い浮かぶものがあった。

「寺には本堂の銅屋根の残りでつくられた銅板の蠅叩きがありました。空をおおって来たカメ虫が、寺じゅういっぱいになったとき、寺のじさまとそれを持って、なん百、なん千とつぶしてまわり、つぶれたカメ虫で、廊下もズルズル滑るほどになったのです。それも、そうしていきなりつぶせば、カメ虫がいやな臭いを出さないからですが、やがてそんないやな臭いのして来るだろうことも、いまはなんだか生きてあるしるしであったような懐かしさを覚えるのです。」
森敦『月山・鳥海山』文春文庫、P77〜78)

 山形県・注連寺での一冬を描いた「月山」。この作品を手に取ったのは五年以上前で、今のいままで読んだことすら忘れていた。
 まさか私の頭に、「カメ虫⇨月山」という形でインプットされているとは思いもよらず、笑ってしまう。
 さっそく友人に、森敦「月山」のことを教えてあげることにする。



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