バス
自宅に来てくれたら、晩ご飯にすき焼きをご馳走するよ、と友人からメッセージが届いた。
最近会えていない友から連絡が来るときは、大抵飯の誘いである。そこを狙えば断ることはない、と思われているのだろう。
すき焼きを食べたいのはやまやまだったが、すぐに「喜んで!」とは返せなかった。彼の住まいは、佛教大学の近くにある。こう説明して分かる人は少数かもしれない。とにかくあの周辺は勾配が厳しく、自転車移動がメインの人間には不便なエリアなのだ。
20代前半のころであれば、すき焼きー!、と絶叫しながら、気合いで坂を駆け上がっていくことができたかもしれない。というか、実際にそれに近いことをしていた。だが、今の私には、そのような体力は残されていない。
さて、どうしたものか。色々考えた挙句、辿り着いた結論は、バスに乗って行こう、というものだった。
*
交通手段をバスに決めたのには、理由がある。ある本を、バスの中で読みたいと思ったからだ。
平田俊子の『スバらしきバス』(ちくま文庫)である。タイトルのカタカナ表記。その素朴なセンスに心惹かれて手に取った本だったが、どうも家で読む気が起こらない。
この本はバスで読むべきだなと思いあたったとき、だったら友人宅に行くのもバスにすればいいか、と手段が確定した。
実際にバスにゆられながら本書を読んでいると、まあ頷ける箇所の多いこと。景色の移り変わりは格別であるし、ゆれの効果でうつらうつらとしてしまうのも分かる。「とろけるような睡魔」……まさにこれ、極上の表現。
移動の先には、友人手製のすき焼きが待っている。それを意識しながら、本を読み、景色を眺め、うつらうつらする。
いつからこんな贅沢な時間を過ごせるようになったのだろう。我が身のことながら驚いて、わざとらしくほっぺを抓ってみたりした。
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