【八女提灯】日本の祈りを照らすやさしい灯り(福岡県八女市)
八女茶の里として知られる福岡県八女市。自然の恵み豊かなこの地では、古くから多様な工芸が栄えてきた。そのひとつが、一条螺旋式*という独特の手法で作られる提灯だ。細い竹ひごと薄い和紙を使う昔ながらの八女提灯は、繊細な風合いを特徴とし、先祖を迎える盆提灯を中心に発展してきた。
1815(文化12)年創業の伊藤権次郎商店は、八女で提灯の伝統を受け継ぐ最古の問屋だ。20代後半で8代目となった伊藤博紀さんは、小学校に上がる前には家業を継ぐと決めていたとか。「仕事を手伝いながら、子供心にも面白さを感じていたのでしょうね」
扱うのは主流の盆提灯ではない。日本人の生活様式の変化を受け、6代目が装飾提灯専門に舵を切ったのだ。8代目は今、八女唯一の装飾提灯専門問屋の担い手として、神社や飲食店、お祭りといった多彩な需要に応える一方、提灯で空間をデザインした妖怪イベントを開催するなど、提灯に無限の可能性を与えている。どの仕事でも意識しているのは神様の視線。「提灯を納める先の存在を思えば、背筋が伸びます」。なるほど、和紙の代わりにデニムが張られていても妖怪が描かれていても、提灯が厳かな空気を纏うのはそのためか。
一方、1980(昭和55)年に創業したシラキ工芸の担い手は、提灯文化に触れずに工房の門を叩いた人々だ。盆提灯の需要低迷と職人の減少に危機感を覚えた2代目の入江朋臣さんは、未経験の若者を正規社員として雇い入れ、育ててきた。入社時、絵筆を握ったこともなかったという増永 葵さんは、13年後「伝統工芸士」の国家資格を有する職人となった。無我夢中の10年を過ごした頃、次代に繋ぐ責任感が芽生えたと言う。「人が手を合わせる時、そこにはいつも灯りがある。この文化を残したくて」
伝統の紡ぎ方はひとつではない。八女提灯のやわらかな灯りがそれを教えてくれる。
文=佐藤淳子
写真=阿部吉泰
出典:ひととき2024年9月号
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