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独り奏で、独り歌う~鴨長明に学ぶ無理をしない生き方|『超約版 方丈記』(4)
「ゆく河の流れは絶えずして……」の出だしで知られる『方丈記』は、命のはかなさを川面に浮かんでは消えゆく泡に喩え、鴨長明独自の「無常観」を表した作品として知られています。
そんな名作が800年の時を経て、いま再び注目されています。それは令和に入り、コロナ禍で昨日まで元気だった人が今日はあの世へ旅立つ「無常の時代」に直面したからです。
おまけに国内では地震、暴風、豪雨、土石流などの自然災害が頻発し、国外を見れば戦争が勃発。長明が描いた平安末期から鎌倉初期の時代に非常に酷似しているのです。
6月6日は「楽器の日」ということで、ひとり楽器を奏でながら歌うことの楽しさを綴った箇所の現代語訳を『超約版 方丈記』(ウェッジ刊)から抜粋してお届けします。
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鴨長明(著),城島明彦(翻訳)
思う存分、楽器を弾き歌う
乾いた心を潤わせるために
~独り調べ、独り詠じて~
ある朝のことだったが、漕ぎ進む舟の立てる白波がたちまち消えてしまう光景がふと頭に浮かび、はかなく感じることがある。
そんなときは、条件反射のように、万葉歌人の満沙弥(沙弥満誓/大宰府の造筑紫観世音寺別当)の歌を連想する。
世の中を何にたとへん朝ぼらけ漕ぎゆく舟の跡の白波
(世の中を何に喩えたらよいだろう。明け方の港を漕ぎ出た舟が立てる白い航跡がすぐに消えてしまうように、この世ははかない)
歌が浮かぶと、いても立ってもいられなくなり、宇治川沿いに岡の屋まで足を運ぶことになる。
そして私は、川を行き交う船を眺めながら、満沙弥の雰囲気にどっぷりと浸るのである。
また、風が桂の木の枝葉を吹き鳴らしたある日の夕方には、唐代を代表する詩人白楽天(白居易)が左遷された地でつくった長編叙事詩「琵琶行」の出だしが頭に浮かぶこともあった。
琵琶行は、玄宗皇帝と楊貴妃のことを歌った「長恨歌」と並ぶ白楽天の代表作でもある。
その代表作が浮かべば、その詩をつくった尋陽の光景も、自然と瞼の裏に浮かんでこようというものだ。
そうなると、勝手に心が騒ぎだし、琵琶の名人源都督(長明の琵琶の師の父源経信)にならって、琵琶を奏でてしまう。
そのうち、どんどん興が乗ってきたら、次の行動に移る。松を鳴らす風の音に呼応して、琴で「秋風楽」を奏でるのだ。
何度か繰り返し演奏して満足したら、今度は琵琶に移る。流れる水の音に招き寄せられるようにして、琵琶で秘曲「流泉」を操るのだ。
そういうことを、私はしばしばやってきたので、習慣といっても、さしつかえないだろう。
若い頃は毎日のように爪弾いていたが、今は時折楽しむだけなので、以前のようにうまくは弾けないが、人の耳を喜ばせようとして演奏しているわけではない。たった独りで奏で、たった独りで歌うのは、自分で自分の心を慰めるのが目的だから、どうということはない。
ただ、それだけのことである。
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作家・城島明彦氏が現代語訳を行った『超約版 方丈記』(ウェッジ刊)は、ただいま全国主要書店・ネット書店にて好評発売中です。
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<本書の目次>
第一章 天災と人災
第二章 方丈の庵に住む
第三章 いかに生きるべきか
「方丈記」原文(訳者校訂)
解説
原作者:鴨長明(かものちょうめい)
平安時代末期から鎌倉時代にかけての日本の歌人・随筆家。建暦2(1212)年に成立した『方丈記』は和漢混淆文による文芸の祖、日本の三大随筆の一つとして名高い。下鴨神社の正禰宜の子として生まれるが、出家して京都郊外の日野に閑居し、『方丈記』を執筆。著作に『無名抄』『発心集』などがある。
訳者:城島明彦(じょうじま あきひこ)
昭和21年三重県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。 東宝を経てソニー勤務時に「けさらんぱさらん」でオール讀物新人賞を受賞し、作家となる。『ソニー燃ゆ』『ソニーを踏み台にした男たち』などのノンフィクションから 『恐怖がたり42夜』『横濱幻想奇譚』などの小説、歴史上の人物検証『裏・義経本』や 『現代語で読む野菊の墓』『「世界の大富豪」成功の法則』 『広報がダメだから社長が謝罪会見をする!』など著書多数。「いつか読んでみたかった日本の名著」の現代語訳に、『五輪書』(宮本武蔵・著)、『吉田松陰「留魂録」』、『養生訓』(貝原益軒・著) 、『石田梅岩「都鄙問答」』、『葉隠』(いずれも致知出版社)がある。
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