【うきはの麺】小麦ときれいな水に恵まれた麺の聖地・福岡県うきは市
青々とした麦畑が広がる筑後平野。その東に位置するうきは市は、九州で「麺の聖地」と呼ばれている。小麦出荷量は全国2位、筑後川水系の豊富な地下水、麺の熟成や乾燥に適した寒暖差のある気候と、麺づくりにもってこいの土地なのだ。
製麺所を前身とする「麺屋こばやし」で、人気の「とまとラーメン」をいただく。鶏ガラベースにトマトの酸味と甘みが溶け込んだコクのあるスープがしなやかなストレート麺に絡み、麺そのものにもうまみが感じられる。
「スープには地元産の桃太郎トマト、麺には『ラー麦』を使っています」と店主の小林稔男さん。ラー麦は福岡県でラーメン専用に開発された小麦。ラー麦を使った麺はコシが強く、風味豊かで歯切れがいいのが特徴だという。
うきはの麺づくりのルーツは、江戸時代にさかのぼる。筑後川から活水を引く用水路が開かれ二毛作が始まると、水路に水車小屋がつくられ、精米や小麦の製粉、小麦粉を使った素麺づくりが行われるように。
当時の文献から道具を再現し、江戸時代に近い方法で手延べ素麺をつくっているのは、200年以上続く「長尾製麺」の7代目、長尾洋介さん。その最大の特徴は、麺を延ばす過程で油を使わないこと。「素麺は水のおいしさを味わうもの。だから水を弾いてしまう油は一切使いません」
油は麺の水分蒸発や麺と麺がくっつくのを防ぐために使われるが、湿度管理や打ち粉の工夫で油を使わない方法を考案。井戸水で仕込み、通常は2日のところ3日間寝かせ、小麦本来の風味を十分に引き出す。茹で上がりを氷水で締めた素麺はみずみずしく軽やかで、喉をすーっと滑るよう。
1918(大正7)年創業の「鳥志商店」では、素麺づくりのノウハウを応用した「鳥志掛け」というユニークな乾燥方法で、コシとうまみのある麺をつくりあげる。「ほかとは違う個性的なラーメンを」(鳥越久義社長)と開発した、かんすいや合成添加物を使わない中華麺シリーズは、水炊きスープやかぼす、九州しょうゆなど郷土色を打ち出した多彩な味のラインナップが楽しい。
日常食として身近だった素麺の伝統技法を生かし、手間と時間をかけ工夫を重ねながらおいしい麺づくりに挑む人々。その情熱が、麺好きの足をうきはへと導く。
文=宮下由美 写真=阿部吉泰
出典:ひととき2022年6月号
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