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「本を使って遊ぶ」という楽しさ|文学フリマに魅せられて(第5回)岡田悠さん

自らが「文学」だと信じるものを自由に展示・販売できる「文学フリマ」。さまざまな書き手と読み手がつくりあげる空間は、回を重ねるごとに熱気を帯び、文学作品にかかわる多くの人々を魅了しています。本連載では、そんな文学フリマならではのバラエティに富んだ作品をご紹介!第5回目はライター兼会社員の岡田悠さんにお話を伺いました。

今回ご紹介させていただく作品は『はこんでころぶ』。noteやオモコロなど数々のwebメディアで活躍されている岡田さんが、はじめての個人制作に選んだテーマは「車」。車社会に憧れを抱きつつも恐怖心を克服できない、全国のペーパードライバーたちに勇気を与える(!?)一冊です。

インタビューでは、『はこんでころぶ』の制作にいたる背景以外にも、次回作の構想、本で遊んでみることの楽しさなどについて語っていただきました。

──はじめに、『はこんでころぶ』についてお聞かせください。

岡田:車をテーマにしたエッセイを書きました。もともと大学生の頃に免許合宿に参加していたんですが、免許を取得する頃にはすでに運転がトラウマになっていて。運転をすることのないまま、気づけば期限切れで免許を完全に失効していました……。

その後も変わらず車と縁のない生活を続けていましたが、2人目の子供が生まれて、「ちょっと、車欲しいかも」と思い始めたんです。それで、35歳になってゼロから教習所に通って、免許を取って運転するまでのエッセイになっています。

──免許を失効してから、車への不満を倍増させていく様子が面白かったです。

岡田:心の奥底ではずっと運転に憧れていたんです。ただ、免許を失効した身ということもあって、車に逆恨みしてでも自分を正当化しないと悔しすぎてしまうので(笑)。

──エッセイで描かれた日常の延長線上にある創作話として、2つの短編小説が収録されているのも印象的でした。

岡田:教習所に通い始めて、自分が車に操られている感覚を抱くようになったんです。これが極端になった世界線や、教習所で見せられる教材ビデオの裏側にあるストーリーなんかをぼんやりと妄想していて、それを小説に書いてみた感じです。

やっぱりせっかくの個人制作だから、普段できないことをやりたいですよね。以前から小説を書いてみたいとは思っていたんですが、いきなりウェブに書くのは恥ずかしいので、文学フリマのようなクローズドな場所で出せたのはありがたかったです。

📚文学フリマ、ギリギリ出店記

──前回がはじめての出店だったと伺いましたが、振り返っていかがでしたか。

岡田:本当は余裕をもって書こうと思っていたんですが、育休から仕事に復帰するタイミングと重なってしまい、なかなか書く時間が取れず…。ただ一度書き始めると、楽しいし変なアドレナリンが出るしで文字数が膨れ上がっちゃって。はじめは2~3万字ぐらいの小冊子にしようと思っていたんですけど、結局7万字のガッツリ本になってしまいました。

──勢いで書かれた本が出るのも文学フリマの醍醐味ですよね。

岡田:当日も電車で向かっていたんですが、事前準備がギリギリすぎて、乗り換えできないくらいに荷物が多くなってしまって。途中から心が折れてタクシーを拾ったものの、なぜか会場の「流通センター」ではなく「ビッグサイト」に向かっていました。流通センターって伝えたのに……。

──災難すぎる(笑)。無事に間に合ってよかったです。

岡田:会場に着いてからも、自分の本を手売りするのは初めてだったので、パニックになってお釣りは間違えるし、サインにはまったく関係ない日付を書いてるし、「本当にすみません!」という感じでした(笑)。本の価格を1000円にしておいてよかったですよね。1000円ですらお釣りを間違えていましたが、端数があったらと思うとゾッとします。

ただ、ふらっと立ち寄ってくれたお客さんがページをめくりながら少し悩んで、「買います」と言ってくれた時は、はじめて読者が生まれる瞬間に立ち会えたと思ってすごく嬉しかったのを覚えています。

──こちらの『はこんでころぶ』は書店でも取り扱われているのでしょうか。

岡田:むしろ自分で通販とかはやってなくて、一部の書店でしか売っていないんです。こういう本を扱ってくれる書店はどこも個性的で面白いところが多いので、直接やり取りできるのは嬉しいですね。

この間、出張で福岡に行く機会があったので「ブックバーひつじが」に挨拶に伺ったんですが、『はこんでころぶ』をたくさん置いてくださっていて。こういう繋がりがあると、文学フリマの当日だけじゃなく、本がずっと残り続ける感じがあって嬉しいですよね。おかげさまで「この県に行ったら、この本屋さんに行こう」みたいなリストができて、旅行の楽しみが増えました。

📚文学フリマは「純粋な気持ちに戻れる場所」

──最初に出店を決められたきっかけは何だったのでしょうか。

岡田:もともと知り合いが何人か出店していたので軽い気持ちで覗きに行ったんですが、想像以上に熱気がすごくて。すぐに自分が出す側で参加してみたいなと思いましたね。

──どういうところに面白さを感じましたか。

岡田:やっぱりウェブライターって、ウェブに書くことがどんどん怖くなってきているはずなんです。炎上しやすくなっているし、常に「揚げ足取られないかな」と張り詰めながら書いてる人が多いと思います。それって実際にかなりのストレスだと思うんですけど、文学フリマで知り合いの本を買って読んだ時に、「そのストレス、ここで解放してたんだな」っていうのを感じて(笑)。

もちろんなんでも書いていいわけではないけど、本を買って開いて読むっていう行為はかなりハードルが高いから、「拡散性」という意味ではウェブよりも本の方が絶対に低いですよね。だから読み手を信頼して書けるっていうのは、ライターにとっての安心材料としてすごく大きいと思います。

──前回、しりひとみさんにインタビューさせていただいた時も、最初から「ウェブに書けない本」をテーマにしていたと伺いました。

岡田:そうですね。あれは「そこまでやっていんだ!」とも思いました(笑)。

──では今回はじめて出店されてみて、岡田さんにとって文学フリマはどのような存在だと感じられましたか。

岡田:はじめて出版社から本を出したのが2020年で、そこから続けて3年間で3冊の本を書きました。会社員をやりながら、というのもあって、それで結構なエネルギーを使ってしまったので、しばらく休憩しようと思っていたんですが、今回の『はこんでころぶ』は気合で2週間ぐらいで作れちゃって。それでもたくさんの人が読んで感想をくれて、「あ、本ってもっと気軽に作っていいんだ」と気づかされました。個人でもいいし、商業でもいいんですが、やっぱり本をずっと作っていきたいですね。そういう原点の楽しさを思い出させてくれる場所なんだと思います。

それはきっとウェブも同じで。さっき「炎上が怖い」っていう話をしましたけど、どんどん書くことに億劫になっていくと、いろんなことを考慮して構えてしまうんだと思います。でも、本当はもっと気軽に出しちゃっていいはずだし、「昔はそうしてたよな」みたいなことを思い出すきっかけになりました。

大学生の時にmixiで旅行記を書いていた頃は、純粋に書くのが楽しかったし、それを友達に読んでもらうのもすごく楽しみでした。(文学フリマは)そういう気持ちに戻れる場所なんだと思います。

📚「本で遊ぶ」という楽しさ

──次回の東京39(2024年12月1日開催)では、新作を出されるのでしょうか。

岡田:次回は「超旅ラジオ」というPodcast番組で行った企画をまとめた『日本最古の旅行記を27人で分けて読む』という本を出す予定です。

円仁えんにんというお坊さんが書かれた『入唐求法にっとうぐほう巡礼行記じゅんれいこうき』という旅行記で、世界三大旅行記の1つにも挙げられているんですが、とても1人では読みきれないから、集まった27人でパートを割り振って、それぞれが自分の担当分だけを読んで記した断片感想集になっています。

*『入唐求法巡礼行記』:9世紀に最後の遣唐使として日本から唐に渡った僧・円仁が、博多津を出港してから帰国するまでを記述した旅行記。

この旅行記はとくに円仁が唐に渡るまでが大変なんですが、僕はかなり後半のパートだったので、すでに円仁は唐に到着していて(笑)。それまでの過酷さを何も知らないから、全然感情移入できない。唐でブラブラしている場面を20ページぐらい読みました。

──どのパートを読むかによってかなり印象が違ってきそうです(笑)。

岡田:「感想を書いてください」とだけ伝えていたので、エッセイ風に書く人もいれば評論みたいに書く人もいるし、後からみんなの感想を読み返すと「自分のパートってこうだったんだ」みたいな輪郭が見えてきてかなり面白かったですね。

いろんな人が、いろんなスタイルで、いろんな場所で同じ本を読んで、その断片的なものが集まった一冊なので、どんな反応があるんだろうっていうのを楽しみにしてます。

──想像がつかないです。すごい実験的な内容のZINEですね。

岡田:僕はもっと本で遊んでもいいんじゃないかと思っていて。読書っていろんな形がありますよね。1から10まで全部読むだけが読書じゃなくて、 積読も読書だし、本屋で気になったものを物色する行為も読書だと思ってて。
今回の企画でも、それぞれ分担された箇所だけを読んで全体を想像するっていう意味では新しい読書体験でした。登場人物さえわかんない。この人が主人公で合ってんだよな?みたいな(笑)。それがすごく楽しかったので、もっと色んな本の遊び方に挑戦していきたいですね。

──それでは最後に、文学フリマで出会ったおすすめの作品があれば教えてください。

岡田:まずは藤岡みなみさんの『時間旅行者の日記』です。1月1日から12月31日までの366日間を綴った日記なんですが、書かれた年代がすべてバラバラなんです。1月1日は2016年に書かれた日記で、その次の1月2日は2023年に、1月3日は2022年に…という感じで、藤岡さんが生まれた1988年から2024年までに書かれた日記がバラバラに収録されています。

『時間旅行者の日記』

すごいのが、藤岡さんのお母さんがたくさん日記を書かれているんですよね。たとえば藤岡さんの誕生日(8月9日)には、藤岡さんが生まれた日にお母さんが書かれた日記が割り当てられていて、藤岡さんとお母さんとの共同執筆みたいになっています。小さかった子供が、次の日には大人になって仕事をしていたり、また子供の頃に戻ったりとかして、すごく不思議な読書体験でした。

『磯ZINE』『園芸グランドスラム』

こちらの『磯ZINE』『園芸グランドスラム』の2冊はワクサカソウヘイさんがまとめられたもので、小説あり、エッセイあり、漫画あり、短歌ありの「なんでもあり」が詰めこまれたZINEです。中身が面白いのはもちろんですが、川名潤さんがデザインされた装丁がとにかくカッコ良くて。小さい冊子だけどデザインにとことんこだわるみたいな、こういう方向性の本もあるのが面白いですよね。

最後は、ゆずりありさんの『見ている目』です。よく街中とかで「見ているぞ」っていう看板を見かけたりしませんか? それをひたすら集めて、見た目やメッセージ性によって分類している本です。僕自身も街で見かけたら写真を撮ってコレクションしていたんですが、その話をラジオでしたら、リスナーが「それをまとめて同人詩をつくっている人がいましたよ」って教えてくれまして。

『見ている目』『向かい獅子』『だめだっ手』

それで買いに行ってから気づいたんですが、実はこれ3部作で、『見ている目』の他に2作品あったんです……。マンションのエントランスとかで向かい合ってる獅子をまとめた『向かい獅子』と、手を出して「ダメです」って言っている看板をひたすらまとめた『だめだっ手』。とにかく収集癖が半端なくて、どこからこの情熱が湧いてくるんだと。僕なんか全然だったなって思わされました(笑)。

やっぱりこれを読んでからは、普段の散歩でも「見ている目」だけじゃなく「向かい獅子」と「だめだっ手」も気にするようになりますね。こういうものに注目していると、 意外とあったりなかったりして街歩き自体が面白くなるんです。

──文学フリマには謎の熱量で書かれた作品が本当に多いですね。

岡田:そうなんです。それがブースの数だけあるって考えると恐ろしい。しかも次回から会場がビッグサイトになるそうなので、一体どうなってしまうのか(笑)。

──ありがとうございました。岡田さんの次回作も楽しみにしています。

取材・文=清水翔起(ウェッジ書籍編集室)

岡田悠(おかだ・ゆう)
1988年兵庫県生まれ。ライター兼会社員。旅行記を中心にnote、オモコロなどのwebメディアで執筆。著書に『0メートルの旅』(ダイヤモンド社)、『10年間飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい』(河出書房新社)、『1歳の君とバナナへ』(小学館)、『はこんでころぶ』(個人制作)。Podcast『超旅ラジオ』を毎週更新中。

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