結婚する前は、その行為は[浮気]と名付けられている。
結婚した後は、[不倫]と呼ばれるらしい。
まるで、[にきび]と [ふきでもの]みたいだ。
同じこと、同じものなのに、呼び方が変わる。
しかも厄介なことに、後者は罰則付きなのだ。
私は、不思議で仕方なかった。どうして人の感情の動きに罰が生まれるのだろう。
不思議で不思議で仕方なくて、調べたりもした。
まあ当然、結婚という制度が関係する。
その制度の中に、貞操義務というものがあるらしい。
“民法上には直接的な明文の規定はないが、婚姻の本質からみて当然の義務であると解されており”
ますます、わからない。
婚姻の本質ってなんだ。当然ってなんだ。
私は、曖昧な事象が好きだ。だって曖昧なものには終わりがないように思える。つかず離れずの距離感は心地が良い。
長く一緒に居ることで感じる、二人でいる時ふと襲われる寂しさや侘しさの方が私にとっては耐え難い。一人の方がよっぽどましだ。
それに、制限は不自由だ。不自由はつまらない。つまらないは退屈だ。
もっとたくさんの人と自由に向き合いたい。見つめ合ってみたい。
そう思うことが罪なのだろうか。
どこまでがよくて、どこからがダメなのか、それは私が決めることではないらしい。
何かを縛るということは、自身が縛られているということだと思う。
何も縛りたくないし、何にも縛られたくないと思う。
淋しい人間だと言われれば、それまでだ。
これでいったら、私は間違いなく不良なのだろう。