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夏葉社/冬の本

天高く馬肥ゆる秋、すでに朝晩の空気に冬の気配が溶け込んでいる。

そんな空気に触れた時、思い出す1冊の本がある。

『冬の本』、夏葉社という出版社より刊行された書籍だ。

夏葉社とは

島田潤一郎氏という男性が、たった一人で起業した出版社である。

「何度も、読み返される本を。」という理念のもと2009年に創業された。

起業した理由は、ある1冊の書籍を世に出すため。

彼は2年の歳月をかけ実現させた。

詩:ヘンリー・スコット・ホランド / 絵:高橋和枝

『さよならのあとで』

死はなんでもないものです。
私はただ
となりの部屋にそっと移っただけ。
詩:ヘンリー・スコット・ホランド絵:高橋和枝
『さよならのあとで』

から始まるこの詩に、島田氏自身救われ、それまで日本語では刊行されていなかったこの詩人の作品を世に出し、誰かの心もまた救われることを願ったのだ。

死はなんでもないものです。
death is nothing at all.
隣の部屋にそっと移っただけ。

当時、やはり身近な人を亡くし、出口の見えない悲しみの渦に飲まれていた私も、この作品に救われた一人だ。

島田潤一郎氏

夏葉社の創業の年と私が古本屋を開店した年は奇しくも同じだった。

Twitterで彼を知った。その頃、夏葉社もまだ駆け出し。
古本の他に新刊と文藝zineを扱いたかった私は、常にアンテナを張り巡らせ、出会いに飢えていて、DMでお声を掛けさせていただいたのが始まりだった。

とてもお優しい方で、純文学が好き、本屋が好きという共通点があり、随分と親身にお話してくださった記憶が昨日のことのように蘇る。

選書が良いですね、というお言葉が何より嬉しかった。

夏葉社の書籍を、私の書店でも取り扱わせていただく運びとなった。

"本屋と本を愛している"

彼のそのマインドは夏葉社刊行の書籍にそのまま投影されている。

1.Amazonでは買えない

夏葉社の書籍は契約を結んでいる限られた書店でしか手に入らない。
2010年頃、当時から本屋の危機が叫ばれていた。
インターネットで購入する者が増え、また、Kindleなど電子書籍の普及が広まった。
実際この10年の間に私が住む町の本屋や隣町の本屋が4軒ほど廃業した。
働かせていただいていた本屋もなくなった。
店長の趣味である、バイクと車関連の書籍と漫画がやたら充実している良い店だった。

たしかに、最初から欲しいタイトルが決まっているなら、インターネットに頼った方が楽かもしれない。
しかし、それでは偶然の出会いは訪れないのではないだろうか。
何より、本屋に足を運ぶ、その行為自体楽しいはずだ。
本屋が無くなってしまえば、その気持ちも永遠に失われてしまう。

当時、Twitter上でも【町には本屋さんが必要です会議】というアカウントが生まれ、島田氏を中心に、アカウント名と同名のイベントが開催されていた。

Amazonでは買えないとしたのも、彼が考えた町の本屋を守るための決め事なのだ。

2.こだわり抜いた装丁

夏葉社の装丁は、とても美しい。

思わず、手に触れてよいものか、と怯むぐらいに凝っている。
布が使われているものもある。

ここにも、本が大切に扱われますように、という願いが込められている。

大切に大切に、繰り返し何度も読んでもらえるように、出来ることなら世代を越えて読み継がれますように、という祈るような気持ちだ。

3.選書が素晴らしい

上記にHPを貼らせていただく。
過去に夏葉社から刊行された書籍の一覧を是非ご覧いただきたい。

思わず、ため息が漏れる。

これも、島田氏自らが読書家であり、本を愛しているからこそのラインナップだ。

中でも私のお気に入りは、

上林暁 傑作小説集『星を撒いた街』山本善行 撰

である。

驚いたことには、今ガソリン・カァが走ってゆく前方は、すべて一面、月見草の原なのである。右からも左からも、前方からも、三方から月見草の花が顔を出したかと思うと、火に入る虫のように、ヘッドライトの光に吸われて、後へ消えてゆくのである。それがあとからあとからひっきりなしにつづくのだ。私は息を呑んだ。それはまるで花の天国のようであった。
上林暁 傑作小説集『星を撒いた街』
山本善行 撰 “花の精”

島田氏に2回お会いしたことがある。
1回目は、都内で開催された古書市に参加させていただいたとき。

二回めは、『さよならのあとで』刊行イベントで開催された読書会の場だ。
実際も、Twitter上でお話させていただいていた時と変わらず、柔らかでお優しい方だった。
「なぜ読むのですか?読書のどのあたりがお好きですか?」という質問を投げかけた私に
「いつだって読書は、まだ見ぬ景色を、これから起こるかもしれない出来事を疑似体験させてくれる。教えてくれる。そんなところが好きで、読む理由でもあります。」
と朗らかに答えてくださった。

夏葉社『冬の本』

この本には、総勢84名が繰り広げる、冬と本の話、冬の本の話、それらが詰め込まれている。

冬が物語の舞台になった本。まるで冬のような本。冬になると思い出す本。
「冬の本」という1つの言葉をめぐって、そこから発想できることを自由に書いてもらえばいい。内容紹介をみっちり書いてもいいし、冬の思い出の中にそっと本が置かれているだけでもいい。「冬」と「本」、2つがそこにあるということを唯一のルールとして、やってみよう。
夏葉社『冬の本』

灰色の空の下、柔らかな太陽の光が包み込む午後に、窓の外の白い景色を眺めながら

凛とした空気の中、月の灯りが冴え渡る晩に、しゅんしゅんと鳴るやかんの音を聞きながら

読みたくなる、そんな本だ。

思わず聞かれてもいないのに考えてしまうし、周りの人にも聞いてみたくなる、

「私(あなた)にとっての“冬の本”はなんだろうか?」

バーナード・マラマッド『レンブラントの帽子』

私が冬と聞くと思い浮かべる本、こうなったら、ここはひとつ夏葉社で縛らせていただくことにする。

バーナード・マラマッド『レンブラントの帽子』
訳=小島信夫・浜本武雄・井上謙治

だ。

その中にある
"わが子に、殺される 
           My Son the Murderer"

という作品が私の冬のイメージだ。
父親と息子の視点が入れ替わりながら話が進む、面白い文章だ。

お互いが相手を見つめ、考えているのに、すれ違っている、温かくも少し物悲しい物語だ。

親父は帽子のあとを追いかけていく。
わしの息子は大きな海に足をつけて立っている。
バーナード・マラマッド『レンブラントの帽子』
訳=小島信夫・浜本武雄・井上謙治
"わが子に、殺される 
           My Son the Murderer"



冬はもうすぐそこだ。
夏葉社『冬の本』
読書の冬支度に是非いかがだろうか。

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