山登りって、目標達成と、似てる。とにかく、たった一歩でも、足を踏み出す。
昨日、子供たちも連れて登山に行った話を残しました。
久しぶりに本格的な登山で、特にわりと急な斜面を上っていく、苦しい時間帯がけっこうありました。
その時、私がずっと考えていたことがあります。
それは、山登りって人生の目標達成のプロセスと本当によく似てるなあ、ということ。
鍋割山の登山では、登山口から頂上まで約1000m ほど登ります。
半分ほどの約5kmは、4 WDの車なら走れるぐらいのオフロードで、なだらか。
残りの半分の約5キロほどは、急斜面な道が続きます。
この急斜面で、何度心がくじけそうになったことか(^_^;)
小2息子は、序盤のなだらかな道に飽き飽きしていたから、「待ってました!」と言わんばかりに、他の私たち3人を置いて、急斜面をズンズンと登っ ていく。
見えなくならないでね、と声をかけるくらい遠くに行ってしまいます。
年中の娘は夫が見てくれていて、息子ほどではないものの、持ち前の体力で登って行きます。
疲れてきても、お菓子を補給すると、駆け上がるぐらい元気になります。
つまり、最後尾をゆくのは、私。
もちろん体力が4人の中で一番ないのは覚悟の上、それに加えて序盤から、右の太ももの付け根を、痛めてしまっていました。。
これも想定が甘かったせいなのですが、おそらく防寒のために履いていた◯ニクロの巻きスカートと、同じく◯ニクロのレギンスが、余計に筋肉に負担をかけていたのでは、と推測しています。
さらに、久しぶりの斜面で、かかとに靴擦れができ始めていました。。ひーん。
息子は、見えないくらい遠くに行ってしまっている。
娘と夫は、お菓子を補給するたびに立ち止まるので、私が追いつきそうになるも、数メートル離れたところで、また歩き出してしまって、いつまでも追いつけない。
一人 で、きつい斜面を、ただただ歩き続ける。
多分、1時間以上、その時間がありました。
足は痛いし、息は切れて苦しいし、一緒に歩いてくれる人もいないし、頂上まであとどのぐらいかもわからない。
辛いなあ、苦しいな。
だけど。
確実に分かるのは、一歩足を前に出すと、一歩頂上に近づく、ということ。
その一歩は、絶対に無駄ではなく、目標に向かって進んでいる。
もしかしたら歩き方が下手くそかもしれない。
選んでいる道も、よくないかもしれない。
でも私ができることを考えて、試して、一歩、また一歩と積み重ねていけば、必ず頂上にたどり着く。
他の人と同じやり方をしなきゃいけない、同じ道を歩かなきゃいけない、なんてことはない。
私は私ができることを、私が踏み出せる一歩を、試行錯誤しながらただ、前に踏み出していけば、いつか目標にたどり着くんだ。
そう思ったら、自然に足が、前に出る。
目標達成のプロセスそのままだなぁ〜、と何度も納得しながら、足を前に出していました。
ただからこそ、自分が目標達成しようと行動するときにも、とにかく一歩でも、半歩でもいいから、立ち止まらずに、何か行動することが、とてもとても大切なのだ、と改めて実感しました。
そうして積み重ねた先に、ようやく頂上に着いたときの、安堵感と感動ったら、他にないです。
頂上から下っていくとき、「あぁ、登るのは本当に大変だったなぁ」と、つい数十分前の自分を労ってあたたかく振り返るように、
目標を達成したときにも、自分が積み上げてきた道のりを、振り返りたいものです。
いやしかし、山って、不思議な魅力があります。
下山した後はものっっすごい疲れてて、ヘロヘロで家に着いて、翌日はほぼ間違いなく筋肉痛、階段のぼりおりは悲鳴をあげるくらいなのに、
また登りたくなっちゃうんだよなぁー。
では、今日はこのへんで。
最後までお読み頂きありがとうございました!
hona
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