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ハルキ模写 by maeda penclub

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リスペクトする村上春樹先生の文体をまねてエッセイを書きます。
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記事一覧

あなたの2Q21の物語(下)

あなたの2Q21の物語(下)

[2021/6/30 夜]
「その部屋から出て行ってほしいの」
妻が僕に声をかけた。その瞳からはとても強い意志を感じたし、それに抗うことは無理筋であることは容易に推測できることだった。負けるとわかっている戦いに挑むことは無謀なことななのかもしれない。だけど僕は慣例的かつ儀礼的な態度をとることにした。

「この部屋は僕の仕事部屋なんだけど、出ていってほしいと言ってるんだね」
当たり前じゃない、物覚え

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あなたの2Q21の物語 (上)

あなたの2Q21の物語 (上)

物語は終わるべきではなかったし、それを見届けるのが僕の仕事だったのかもしれない。去年のコロナ禍において妻は自分探しを始めた。僕はそれを無視するわけにはいかなかったし、かといって口出しても何かが解決するわけでもなかった。

いま僕は語ろうと思う。
去年の続きを語ることができるのはある意味で幸せなことなのかもしれない。

2020年、日本がコロナ禍に突入した頃、妻は突然会社を辞めた。
それは春の嵐のよ

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2021セントラルリーグ所感

2021セントラルリーグ所感

歓声という静寂が僕の意識を深く眠らせようとする。
まるでピンク・フロイドの古いレコードのタイトルのように、それはプログレッシブな表現に違いない。矛盾する語句を並ベて言葉遊びを楽しんでいるように見えるかもしれないが、そう単純なものではない。表裏一体という言葉があるように絶望の隣には希望があり、善と悪はコインの裏表なのだ。

浴びるように飲んだ大量のアルコールは目の前の現実を亡き者にしようとしている。

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Journey Find Yourself 2020

Journey Find Yourself 2020

BOOK1 [5月-7月]「私はプログラマーになるわ」
 ゴールディンウィークが過ぎた頃、あれは昼下がりだったと思う。妻が私にそう言った。私は冷めたコーヒーを口をつけ、少し時間をおいた。窓の外では新型肺炎が流行っているとは思えないぐらい穏やかな風景が広がっていた。
 
「ねえ、それは君にとってどうしても必要なことなのかな」
 妻は黙って私を見ている。まるでブラジルから11年ぶりに帰ってきた困りもの

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ハルキ模写によって分断された世界の交わりについて

ハルキ模写によって分断された世界の交わりについて

私はたまにハルキ模写をやる。
それは何かというと、村上春樹風に文章を書くことだ。17歳の頃より、村上春樹を読んできた私にとって、それはたやすいことだった。

特別なトレーニングをした意識はなく、自然にハルキ模写をすることができた。それはあくまで模写であり、村上春樹の亜流の文章作成のつもりはない。いわゆる村上春樹の文章ものまねだ。どんなに歌がうまいものまね芸人でも、それは本物でない。あくまでものまね

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2Q2Qのマインドフルネス

君がnoteに投稿された記事を読もうとしていることについて、僕は何もいう権利がないし、読まずに閉じてしまっても構わない。村上春樹の文体模写をしていることに大きな理由はないし、それでもし気分を害したとしても何の反論もできないし、批判も受け入れる。つまり今の君には無限の選択肢が存在しているし、君の自由意志で最善の選択をしてほしい。

でも僕は記事を読んでほしいから、今から綴っていく。タランティーノやノ

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コロナ世界の片隅で

コロナ世界の片隅で

「つまりキャンセルしたいってことかい?」
 電話を通して聞こえるマスターの声に抑揚はなかった。手狭なカウンター越しにため息をついている様子が眼前にまざまざと浮かんだ。
「僕としても残念なのですが、昨今の事情を考えると見送りたいと思っているんです」
「昨今の事情?」
 マスターの言葉には幾分懐疑的なニュアンスが含まれているように感じた。それは僕が感じたことであって、他の誰かが聞いてもそうは感じないの

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トイレットペーパーが無くなるのよ

「トイレットペーパーが無くなるのよ」
 妻はひどく落ち込んでいた。実際に近所のドラッグストアにはトイレットペーパーもティッシュペーパーも売っていなかった。
「それはデマによって、一時的な買い占めが起こっただけだよ」
「そんなことは分かっているけど、また新しいデマに煽られてしまうかもしれない。実際、うちにもそれほどトイレットペーパーの備蓄はないのだから、次に入荷したときはある程度買った方がいいと思う

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【5月の終わりに100パーセントの筋肉に出会うことについて③】

【5月の終わりに100パーセントの筋肉に出会うことについて③】

↓↓↓前回はコチラ↓↓↓

妻は細い腕でレバーを引いた。勢いよく水が流れた。
「流れるじゃない」
何も言わない僕をよそに、妻は用事があると告げ、簡単な身支度を整えて外出していった。部屋には僕だけが残された。
 
僕は混乱していた。夜の海にちっぽけな浮きが漂うように、どうしてよいか分からない闇に包まれた気分だった。
 
僕は筋肉の青年に連絡をとった。だが電話に出たのは受付を専門とする男の声だった。

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【5月の終わりに100パーセントの筋肉に出会うことについて②】

【5月の終わりに100パーセントの筋肉に出会うことについて②】

↓↓↓前回はコチラ↓↓↓

「とにかく何も分からないということね」
大家は電話越しに言った。空気がぴんと張りつめた。
僕自身、誠意を持ってトイレが詰まった時の状況を伝えたつもりだった。
春の嵐のように突如トイレが使えなくなったこと、24/365の業者を呼んだら筋肉質の若い青年が来たこと、彼の筋肉が真実を伝えてくれたこと。

「トイレは悪くないんです」
「でもあなたはその理由を説明できない」

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【5月の終わりに100パーセントの筋肉に出会うことについて①】

予感めいたものはなかった。
突如自宅のトイレが詰まった。それは誰にも想像できなかっただろうし、僕自身そういう場面に遭遇するのも初めての出来事だった。

僕はGoogleで「トイレ 詰まり」と検索した。YouTubeにはたくさんのトイレ詰まりを解消する動画で溢れていた。僕はひとつひとつ確認し、今自宅にあるもので可能な対応を実践した。でもトイレ詰まりを解消することはできなかった。まるで長い年月をかけ

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