はじめに
前回は婦人が手紙を託す幸福譚でした。
今回は幸福な結果には至らない、不思議な体験譚です。
初回↓
前回↓
05.手紙を託すこと(不気味譚)
11『福山志料』
『福山志料』は、文化6(1809)年に、吉田豊功・菅茶山らが編纂した備後福島藩(今の広島県東部)の地誌です。
国男の指示通り、服部永谷村、讀坂の項にあります。
今回は男子から手紙を渡されます。手紙の内容は、手紙を持ってきた人の腸を進上するというものでした。これは河童の仕業であるとして、川を避けて帰ったので、助かったというものです。
無知をいいことに、自分で持って行かせるという、なんとも賢い方法で騙されています。
河童は文字が書けるけれど、馬方は文字が読めなかったわけですから、河童の方が学があるんですね。
河童と推測する理由はなんだったのでしょうか。
①こんなことをするのは
②腸を進上すること
③馬との縁で
以上三つが思いつきます。
①手紙を渡してきて、本人に運ばせる、そんなことをするのは河童だろうという推測です。橋姫が手紙を託すこともあるので、類話も多いでしょうし、何とでも言えそうです。
②腸と河童の関係については、調べてみると、尻子玉を内蔵と解釈する場合があるそうです。また、直接的に、腸を抜いて食うという伝承が幾つもありました。「怪異・妖怪伝承データベース」(国際日本文化研究センター)
ただし、このデータベースで「腸」を検索してみると、河童以外にも沢山出てきたので、内臓を狙うのは河童の専売特許というわけでもなさそうです。
③国男は「川童は久しい以前から妙に馬にばかり惡戲をしたがるものである」と述べており、次に紹介する話も、馬と河童になっています。何か関係があるのでしょう。
全体として、河童と関わる要素がよく混ぜ込まれた伝承だと評してもいいんじゃないでしょうか。
12『趣味の傳説』
『趣味の傳説』は、国男も説明していますが、大正2(1913)年に、早稲田大学の五十嵐力が学生たちに日本全国の伝説を集めさせたものです。
小序に経緯が書かれていたので、引用しておきます。
「美はしい色彩を取って宿って居る」伝説を「頭に宿ったまゝに書き現はし」ているということなので、期待値は高いです。
馬子が池で馬を洗っていたところ、河童が馬にちょっかいをかけました。馬が驚いたので河童は落馬して、頭の皿の水もこぼれてしまい、抵抗できず殺されかけます。秘蔵の宝物をかわりに助けを乞い、馬子に手紙と樽を渡します。手紙の内容は「樽には尻子玉が99個、残りの一個はこの男のを」というもので、馬子は逃げ帰って助かった。という内容です。
「橋姫」では省略されていますが、逃げ帰った後、馬子は発熱しています。
07「甲斐口碑傳説」でも、帰った後玄関で気絶していました。
こういう物の怪に触れた後には、体調に不調をきたすのでしょうか。
おわりに
前回は婦人が手紙を渡していましたが、今回は河童でしたね。
しかも、自分の腸や肛門(要はどちらも同じ尻子玉ですが)を自分で運ばせるという、ゾッとする内容になっています。
思い返すと03『裏見寒話』でも「この男を殺すべし」と書かれていました。
まさか手紙の要件が自分に向いているとは、誰も思わないでしょう。
現在は、自分が手紙を運ぶことになる状況がないので、文化的に廃れてしまった話型と言ったところでしょうか。
試みに現代版を作ってみるなら、Uber Eatsなんてどうでしょうか。
Uber Eatsのアルバイトを始めて、好調に仕事をこなしていきますが、ある時全く知らないお店の注文が入り、見たこともない店で買うことになります。料理もよくわからないものだったのですが、指示通りに購入し、運びます。道中、購入した料理の異様な臭いが気になり、途中で開けて中を確認してみました。料理は明らかに人肉を使用したものとなっており、一枚の紙切れが添えてあります。
「最後に添える新鮮な眼球は、この男のものを使ってください。」
男は驚いて自転車をひっくり返し、積んでいた料理を全てぶちまけたのもお構いなしに、大急ぎで逃げ帰りました。