究極の旅をさせてくれる本
今年に入ってから読んだ本は、知らずと「旅」や「未知の世界の開拓」がテーマになっていました。その中でも特に印象に残ったものをここでご紹介したいと思います。
・『静かなる旅人』
世界的フランス人画家であるファビエンヌ・ヴェルディエ(Fabienne Verdier)による魅了の自伝記。文化大革命後の中国・四川に史上初の国費留学生としてひとり旅立ち、現地でおよそ10年を過ごしたヴェルディエによる、体当たりかつ驚愕の滞在記録。四川美術学院で学びながら、文化大革命を生き延びた書家・黄原、藍玉松、李天馬、篆刻家・程軍、画家・陸儼少などに師事し、当時中国人美大生にも禁断の域とされていた中国伝統美術の世界を開拓していきます。
まずはヴェルディエの人間としての忍耐強さと力強さに驚きっぱなしの一冊です。現代社会および先進国ではありえないような不遇な境遇に次から次へと襲われながらも、来客としてではなく現地中国人学生と同様の不自由な生活をあえて自ら選択し、禁断の美術とされた書道や水墨画の世界への扉を叩きつづけるその姿には、目を見張るものがあります。
文化大革命後に美術の道を志すことが成功への道でありながらも、もっとも危険であるという状況。波乱万丈の10年間の末に著者が得たものとは?その答えは、私たちの人生においても、確実に応用できるものです。
この本に出会ったきっかけは、昨年夏、南フランスのエクス=アン=プロヴァンスのグラネ美術館で観たファビエンヌ・ヴェルディエの回顧展でした。まだ生存中のアーティストによる回顧展で、ここまで魂が揺るがされそうなくらい衝撃を受けたのは、初めてのことだったかもしれません。ヴェルディエが書いた「一(数字のいち)」に、彼女の人となりの全てが込められているように見えました。しなやかで力強く、忍耐強く、自由奔放。この展示は大きな反響を呼び、会期も延長されるほどの大ヒット回顧展となりました。
この本に出会って、私もヴェルディエのように全力で、本気で生きたいと強く思わされました。日本語訳も素晴らしいクオリティですので、是非読まれてみることをおすすめします。
若きチェ・ゲバラと友人のアルベルト・グラナードがバイク「ポデローサ2号」で南米大陸をめぐる旅に出たのは1952年のこと。映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」を観た人も多いのではないでしょうか。私も当時かなり影響を受けました。
この旅においては、ゲバラもグラナードも日記をつけていたことが有名です。本作「トラベリング・ウィズ・ゲバラ」は、アルベルト・グラナードがつけていた日記となります。友人としての目線から、革命リーダーとして著名になる前のゲバラがすでに抱えていた特別なポテンシャルや人柄、そして映画版では描かれていなかった旅の詳細が語られており、非常に興味深い内容となっています。本当はゲバラの日記にも興味があったのですが、こちらはかなり情熱的かつ本能的に書き殴られた言葉が多く、理解しにくいということで、「トラベリング・ウィズ・ゲバラ」から始めることにしました。
アルゼンチンから始まり、チリに入り、その後ペルー、コロンビア、ベネズエラと南米大陸を巡っていきます。その旅の途中では、先住民を弾圧することによって豊かな生活を送る支配層、最底辺の貧困の中で生きる先住民族からハンセン病患者まで、あらゆる層の人々が登場します。ゲバラはこの旅を通じて、「一番親切にしてくれたのは、最底辺で生きるもっとも弱い存在の先住民族であった」という結論に至り、ここから革命家としてのゲバラが誕生したことがよく理解できます。
途中読んでいて、昨年私がペルーで訪れた場所に彼らも足を伸ばしていたことに気づき何だか嬉しくなりました。例えば、マチュピチュ遺跡のワイナピチュ山の頂上。山頂に彼らが残したという瓶の中に入った手紙というのは見つけることはできませんでしたが、時空を越えてゲバラとグラナードと同じ地を踏んでいたのだと気づき、さらに特別な思い出となりました。
本書は、ヒーロー革命家として知られるゲバラの若き時代の歴史を、親友の目線から読めるだけでも、非常に意味があると思います。グラナードによる旅の描写は、ユーモアにあふれながらも冷静で客観的です。彼らと一緒にポデローサ2号にまたがり、南米大陸縦断の旅をしている気分にさせられることでしょう。本作を読んだあとに考えさせられることのひとつ、それは「人は旅で何を学ぶか」です。人生で一度は、このような究極の旅を経験したいものです。