エリック・クラプトンって?初心者向け導入支援記事その4 ~ 「レイラ」の登場
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■1回目
■2回目
■3回目
経歴を辿る
大まかなエリック・クラプトンの音楽経歴は以下の通りになります。
ヤードバーズ(60年代)
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ブルースブレイカーズ(60年代)
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クリーム(60年代)→1回目の記事にて
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ブラインドフェイス(60年代)→3回目の記事にて
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with デラニー&ボニー&フレンズ(70年代)→今回
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ソロ(70年代~)
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ソロ(アンプラグド)(90年代)→2回目の記事にて
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ソロ(90年代~)
今回は、with デラニー&ボニー&フレンズ(70年代)と生み出した名作について。。
出会い
14-16歳の頃は、洋楽というものに目覚めた時期だった。あの90年代前半という時代、70年代はちょっと先の昔、60年代は大昔で白黒の世界、第2次世界大戦はすでに歴史の中の一コマだった。そんな時代、60年代~70年代のアーチストを聞くことは、秘められた扉を開けていくかのような感覚があった。
日本のロックとは違って、洋楽のロックには妙な憧れがあり、その世界を熱心に追い求めていた。ビートルズ、カーペンターズ、サイモン&ガーファンクル、ローリングストーンズ、エルビス・プレスリー、エルトンジョン、そしてエリック・クラプトン。彼らを紐解いていくことに一種の快感を味わっていたように思う。
そんな時代だった。
そして、その頃、とある、人生の中の1枚、記憶に残る1枚とでもいうべき作品に出会った。そのアルバムは、アルバム自体が歴史的傑作でもあったし、ひとつひとつの楽曲も、これから広がっていく洋楽の世界への入り口の役割を果たすことになっていた。
それは、ブルーズの英国的解釈の理解であり、ハードロックの芽生えの音であり、ツインギターのハーモニーであり、さらには、こてこてのブルーズへの愛着でもあった。
そのアルバムは、エリック・クラプトンが参加し、デュアン・オールマンがギターを弾いていた。
with デラニー&ボニー。
デレク・アンド・ザ・ドミノスの「いとしのレイラ」である。
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