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あの時代の名残 〜 「我が良き友よ」 吉田拓郎
あれは小学6年の正月だった。
1989年の1月、昭和の時代が終わった。子供ながらに覚えているのは、あの日、TV番組が追悼一色だったことだ。生を受けて12年しか生きていないので、昭和という時代への名残があったわけではないのだが、なんとなく、時代の変わり目に生きているのかな?ということを感じていた。
時代の変わり目。
当時、詳しく読むことはしていなかったが、新聞を読むようにしていたから、なんとなく世の中が気になっていたのかもしれない。
その当時、実にいろいろなことが起きていた。アメリカ大統領がブッシュになり、ソ連がランボー3で巷の少年たちの間では有名だった地名アフガニスタンから撤退。そして冷戦の終結。新聞を通じて世界でも何か大きな動きが起きているという気配を感じていたし、これから世界も変わり目を迎えるのだろうと思っていた。
そして1989年の11月10日。ついにそれは起きた。ベルリンの壁の崩壊である。一つの都市を分割するようにリアルな壁があったという事実は、童話やフィクションの世界の出来事の様にも思えたものだ。そこからの流れは、一つ一つの流れが集まり大河となってながれていくような、そんな印象すら覚えたものだった。
世界がそんな風に動いている時期、個人的にも、小学校卒業から中学入学、私服通学から制服通学、面倒な先輩後輩関係の波にもまれていくように、大きな人生の変わり目を迎えていた。
そんな中学時代のエピソードを語ってみようと思う。
やはり最も大きかったのは、制服と、入学したと同時にできた上下関係だろう。制服については何の意味があるのかが全く分からず、「そういうものだから」的な雰囲気で皆が着用していたように思う。小学生の頃は、自発性や個性を強く持つようにと言われいたような気がしていたが、中学からは衣服からして個性が出ないような代物。
髪型とかの規範を示している校則なるものも話題になっていた。
そこでやっと気が付いた。
ああ、これは小学生のころドラマで見ていた世界だと。
あの当時、「不良」なる人物も少数だったが存在していた。まさに下駄を鳴らして奴がくる、の世界だ。
まあそれは良いのだ。しかし、流れに流されて、本質は違うのにそのグループに入ってしまった気の毒な人もいたのだ。本格的な不良っぽい人がいる一方で、全くそうは見えないが格好だけはすごい人もいたわけなのだ。ああ、人生いろいろだ。
ドラマだと、悪(ワル)だけど、弱い者の味方がいたが、実社会ではそういうのはいなかった気もする。
そんな感じでこの時期に生まれた上下関係が、おそらく日本ではいつまでもついて回っているのだろう。余談だが大学で体育会系に入ってしまったときも同じようなことを思ったものだ。大学に入ってまで制服を着るとは思わなかった。
この上下関係は、部活動にもついて回っていて、あのよくわからない上下関係が、いつまでもどこかに残っていて、やはり日本を蝕んでいるような気がする。だって、たかだが3年間なのに、下手をするとトラウマになるくらい尾を引くのだから。
なぜあの3年間でこういう関係が生まれていくのだろうか。おそらくそれは3年前のつらさを3年後に晴らすからだとは思うのだが。
もはや、日本の文化なのかもしれない。
今、思い起こしても、あの時代が色濃く浮かんでくる。あの世界の変革の時代に感じていた、身の回りで起きた変革の名残は今もどこかに残っているような気がする。いつまでも消えない残雪のように。
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