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短編など

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突発短編集です。各話に世界観の繋がりはありません。
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2017年1月の記事一覧

ある奏者の物語

 壇上に躍り出たその人に、僕は一瞬で心を奪われた。ドレスの白が極彩色のステージライトをスクリーンのように映し取り、目まぐるしく七色に変化していく。花びらを模したレースの生地と流れるブロンドの髪が、ステップを踏む彼女の軌道に光の尾を引いた。完成された微笑。どしゃ降りの雨のように降ってくる、顔も知らない人々の喝采と口笛。ピアノの鋭い音色がきらきらきらと鼓膜を貫く。少し痛い。ちかちかして眩しくて、一番眩

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星を追う夜

 夕日を見送ったあとの大通り。年に一度の祭日を迎えた今夜、赤いレンガ道は、華やかな恰好をした人々でいつにも増してにぎやかだった。ガス灯のオレンジ色とアコーディオンが奏でる音楽が、幸せそうに笑う人々を包んでいる。屋台から漏れてくるチェリーパイの香りに、ぐう、とお腹が鳴った。久々にたくさんお洒落をして、高いヒールでたくさん歩いてたくさん笑って、少し疲れてしまったのかもしれない。わたしがとある不思議な男

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ビヨンド

 寝室と呼ぶには質素すぎる部屋だった。
 西洋の映画でしか見たことのないようなコバルトブルーの壁が四方を囲い、中央には白いベッドがひとつだけ。他の調度品は見当たらない。真四角の窓の外はやけに明るく、海の遠景が薄ぼんやりと霞んでいる。今は春だったかしらと考えながら後ろ手にドアを閉めた。扉を開く前の記憶は無い。ただ長い距離を歩いてきたのだろうな、という疲労感だけは嫌味のように体にずしりと積み重なってい

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溶けない花弁

 校庭の隅に、一本の古木がある。まだかすかに雪の残る、荒野のように荒んだ砂地のいちばん端。寒々とした冬の風に追いやられるようにして、その桜の樹はひそやかに佇んでいた。
 長い冬が終わるね。短い春が来るよ。
 呟いたその少年はずっとその樹の側に居た。黒い学生服が、地を這うような風を受けてふわりと膨らむ。私は彼と桜の横顔を見つめながら、同じように膨らみかけたセーラー服のスカートを片手で軽く抑える。吐き

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グラン・ブルーの友人

 僕の友達の話をしてもいいかな。
 彼らはいつも水の中を泳いでいる。海水じゃないとだめという子もいるし、淡水が好きという子もいる。街はずれの水族館にある大きな青い水槽が、彼らの家だ。学校が無い日、僕はたいてい自転車を漕いで、その水族館を訪れる。彼らは皆気さくでおしゃべりだから、どれだけ一緒に居ても飽きることがない。そうやってグランブルーの水底を漂いながら、僕たちはいろいろな話をするのだった。僕は彼

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ぼくらの地球

 どうしてこんなにいっぱい不思議なことがあるのかしらと言うわりに、その女の子はいつも楽しそうだった。
「地球ってどんなかたちをしているの?」
 ふかふかの草の上に寝転んでいたぼくをのぞき込むようにして、ある日その子は言った。顔に彼女の影がかかる。リンゴみたいに丸いんだって。本に書いてあったよ。そう言うと、その子は栗色の目をぱちぱちさせて首をかしげた。
「あら、ならそれって、パンみたいに四角かったり

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