ぼくらの地球
どうしてこんなにいっぱい不思議なことがあるのかしらと言うわりに、その女の子はいつも楽しそうだった。
「地球ってどんなかたちをしているの?」
ふかふかの草の上に寝転んでいたぼくをのぞき込むようにして、ある日その子は言った。顔に彼女の影がかかる。リンゴみたいに丸いんだって。本に書いてあったよ。そう言うと、その子は栗色の目をぱちぱちさせて首をかしげた。
「あら、ならそれって、パンみたいに四角かったり、紙みたいにぺらぺらだったりするのかもしれないってことじゃない? だってわたしはまだ、まあるい地球を見たことがないもの」
ぼくだってそれは同じだ。たぶん、世界中のほとんどの人がそうなんじゃないのかな。それでも大昔の人たちは、空を飛ぶ船に乗りこんで、うんと高いところから地球の全体を見下ろしたことがあるらしい。ぼくの話を聞きながら、彼女は収穫したばかりの青リンゴを手の中でころころと転がした。わたしにもそんな船があれば良かったのにと言う声にはやっぱりひとつも翳りがなくて、ぼくはいつだって、そんな彼女のかたわらで、草に寝転んで本のページをめくっている。
リンゴ畑には午後の陽光が溢れていた。薄い木の葉のすき間から蜂蜜みたいな日差しがきらきらとこぼれ落ちてきて、見上げているとちょっと眩しい。紙切れのような葉っぱの中で、緑色の葉脈が透けていた。リンゴの木も息をするんだって。これも本で読んだことだ。地球は青いというけれど、緑色じゃないのはどうしてなんだろう。ぼくたちは海を見たことがない。
「子どもは村から出ちゃだめなんだって、じいちゃんが言ってたよ」
「知ってる。だからね、わたし決めたんだ。大人になったら、きっと確かめに往くの」
「地球の形を?」
「そうよ。この目で!」
とびきりの笑顔。彼女が笑うと、なぜかぼくまでぽかぽかと暖かくなるみたいだった。それは今でもずっと変わらない。そのあと晴れて誕生日を迎えて一人前になった彼女は、約束どおり笑って村を発って往った。空飛ぶ船はないけれど、二本の足があれば大丈夫。本には載っていない、けれどとても大切なことを、彼女は昔から知っていたようだった。
ぼくは今日も、リンゴ畑の木漏れ日の下で、ふかふかの草に寝転んで、本のページをめくっている。
彼女は今、どこで何をしているのだろう。
なにも心配することはない。ただ、次にあの子に会った時には、ひとつだけ聞いてみるつもりだ。
きみの地球は丸かったのかい、と。
(ぼくらの地球)