グラン・ブルーの友人

 僕の友達の話をしてもいいかな。
 彼らはいつも水の中を泳いでいる。海水じゃないとだめという子もいるし、淡水が好きという子もいる。街はずれの水族館にある大きな青い水槽が、彼らの家だ。学校が無い日、僕はたいてい自転車を漕いで、その水族館を訪れる。彼らは皆気さくでおしゃべりだから、どれだけ一緒に居ても飽きることがない。そうやってグランブルーの水底を漂いながら、僕たちはいろいろな話をするのだった。僕は彼らのことが好きで、たぶん自惚れでなければ、彼らもきっと僕のことが好きだ。

 まるで本当に海の底に来たような、床以外のぜんぶの面をガラスで覆った長い水のトンネルが、この水族館の自慢だった。上から柔く光が差して、床のあちこちに花びらみたいな波の模様をゆうらりと散らしている。頭上をエイが優雅に横切っていく。透明な壁に手を当てると、向こうの魚と目が合った。銀の鱗が虹色にまたたいて、小さいけれどきれいな子だ。調子はどう、と尋ねると、くるんと一回転して、口からぷくぷくとかわいい泡を出した。思わず笑顔になるとその子も笑ったようだった。
 ちょうどその日は連休の初日で、人ごみがひどかった。人の波に適当に流されつつ、いつものように青いトンネルで魚たちとぷくぷくと会話を楽しんでいると、すぐ脇を一人の幼い女の子が駆け抜けていった。青いワンピースで、髪はさらさらの二つ結び。不安そうにあたりを見回し、水の底にひとりぼっちで居るせいか、細い体が余計に頼りなさそうに見える。小さな口が、おとうさん、おかあさん、の形に動いた。

 迷子なら放っておけない。
 だいじょうぶ? と声をかけると、その女の子は途端に顔をくしゃくしゃにした。目からぷつぷつと涙が溢れだす。今までずっと我慢していたらしい。僕はすっかり慌ててしまって、彼女の頭を撫でてみるのだけれど、ぷつぷつはちっとも止まらない。
 弱り果てている僕を魚たちが助けてくれた。こういうときは、僕なんかよりも彼らの方がずっと頼りになるのだ。
 こつんと音が聞こえて横を見ると、さっきまで喋っていた銀色の子がガラスを叩いていた。「どうしたの」と尋ねると、ひらりと虹色の尾を翻してトンネルの出口を差す。もうここには居ないらしい。ありがとうとお礼を言うと、少し照れたように、またぷくぷくと泡を出してみせた。
「お兄ちゃんはお魚と話せるの?」
 気が付くと、女の子が不思議そうにこちらを見上げていた。びっくりして涙が止まってしまったようだ。僕はそっと屈みこんで、できるだけ優しく、そうだよ、とほほ笑んだ。「友達なんだ。けれど、他の人には秘密だよ」と内緒を打ち明けるみたいに耳打ちすると、女の子はたちまち顔を輝かせて頷いたので、僕はほっと息をついた。
「皆も探してくれるって。だから心配いらないよ」
 その後はあっという間だった。僕がやったことといえば、またはぐれてしまわないように彼女の手をしっかり握って、皆の言うとおりに、たくさんの青い水槽の間をすいすいと旋回してまわったくらい。両親を見つけた時の、暗い海底に光が差したようなその子の笑顔は、今でもよく覚えている。別れ際、また遊びに来るからね、と手を振る彼女に手を振り返しながら、たまにはこういうのもいいな、なんて皆で顔を見合わせたりしたのだった。言葉どおり、それから彼女はしばしば家族とここにやって来るようになった。

 僕の話はこれだけ。どうだい、僕の友達はかわいくて頼りになるんだってことが、ちょっとは伝わっているといいな。恥ずかしい話だけれど、あの時の女の子以外にこんなことを打ち明けた人間の友人は、君が初めてなんだ。
 じゃあ、僕はそろそろ行くね。今度は君も水族館に遊びにおいでよ。
 僕も皆も、青い水の底で、君が来るのを楽しみに待っているからさ。





(グラン・ブルーの友人)