これまで色々な試練に対して自分がどう立ち向かってきたかということを考えると、やはり知識は重要だ、という結論にたどり着いてしまう。吉岡光明はそう思った。42歳になる吉岡は、わかりやすく中年の危機、ミドルエイジクライシスに罹患していた。まぁ罹患というのが正しい表現じゃないのは分かっている。ただそれは一種の精神病のように思えてしまう。 それも、39歳ぐらいからだんだんと深刻になってきているので、すでに罹患生活は3年に上っている。ミドルエイジクライシス(中年の危機)とは、第二の思春
吉田真理子は、東京都知事選の投票箱を目の前にしながら、あることを思いついた。「キチガイたちに、現政権を崩壊させればいいのではないか」ということだった。実際にアメリカではホワイトハウスにQアノンが押し入って、訳の分からないコスプレをしながら暴動を繰り返していたニュースがあったが、あれって今はどうなっているんだろう。徹底した警備のもとに、なくなってしまったのだろうか。残念だ。 真理子が考えるキチガイっていうのはそういう人たちのことを指していた。実際の精神障碍者ではなく、頭が弱く
私は1人の女に固執していた。 固執しているというか、どうかんがえても変な女で、こちらのことを好きだと言ったり、早く会いたいと言ったり、こちらが早く会いたいと返すと、私はそんなふうなことを言われる立場にはないというような押し問答を返したりしてきた。 明らかに、人を惑わす女だった。だが、それをやっても許されるぐらいの美しい女でもあった。 そして私もその女も既婚者であった。ある友人にそのことを話したら「既婚者同士がデートしたり会いたいとか言い合ったり、いい回答が来なかったから落
頼子は1ヶ月前からタバコと酒をやめた。 46になった誕生日で、旦那と子供の前で公言した。頼子はいまだに噛みタバコを吸っていて、会社でもかなり珍しい存在として認識されていた。旦那は頼子の酒とタバコの習慣について、見て見ぬふりを15年以上続けてくれていた。タバコを子供の前で吸うわけでもないし、酒が入るとたまに男と寝て帰ってきたりするが、それも旦那は許容してくれている。 若い頃、遊んでいた男とディアンジェロのコンサートに行ったことがあった。その時、そのライブハウスにいたほぼ全員
飯沼健吾は、自分がその女に執着していることを明確に理解していた。朝起きるとその女のことを考え、昼にはおそらく深層心理で50回とか100回とかそういう回数、その女のことを考えている。 女とはバーで出会った。4度ほどバーで一緒になり、今度デートしないか、という話になった。健吾は酔っ払っていて、気が大きくなっていたのもあるが、その女の顔が好きでたまらなかった。女は稀にみる美人だった。背が高くて、細くて、顔が整っていた。かんたんにヤらせてくれそうなところも魅力的だった。
私は男を転がすのが大好きだ。 昔、男と何度目かに会った時に、「抱かせてほしい」と言われ、私は「今日はダメ」と言った。そうしたら男が「じゃあ今日はあなたを思い出してオナニーするよ」と言った時、どんな口説き文句も勝てないぐらいに私を濡らした。 自分のことを思い出してオナニーする男がこの世に何人もいるというのはどんな気持ちなんだろうと思った。セクシー女優のことを思ったが、直接的すぎて私の理想とはかけ離れていると思った。
私は、鈴木恵美という名前で、今年39になる。 2人の娘と池袋の小さいマンションに住んでいて、隣のマンションには大学生たちが住んでおり、毎晩騒がしい。 数日に一度はセックスの声が聞こえたりしてきて、娘たちにそれが聞こえていないだろうかと不安になって起きてしまうことがある。でも2人とももう高校二年生と大学一年生だから、まぁそんなもの聞いてもなんとも思わないかもしれない。 マンションの目の前には銭湯があって、離婚直後、本当にお金がなかった時は、ガスを止められることもあって、よ
私は日本語がよくわからなくなるときがあるが、それが、イギリスに数年間留学していたからなのか、それとも本質的に私自身の頭の悪さ、もしかしたら何かしらの発達障害のせいなのかよく分からなかった。まぁ、海外に数年間いたぐらいで日本語が下手になることはないだろうから、おそらく私には言語的なハンディキャップがあるのだと思う。話しているときはそんなことはない。流暢だ。だが、書き言葉になった途端に、言葉がぜんぜん出てこないのだ。友達や旦那や何人かいる恋人とLINEしてても、「それってどういう
仲村が改めて絵を描きだしたのは、コロナ渦からだった。子供の頃から、アートや音楽や映画などにまつわることが好きだったのだが、それを無視してこれまでの社会人生活、無味乾燥を生きてきた気がする。
土曜日、聡子は自分がいかに簡単な女かを思い知らされた。 前日の金曜日に、福田から連絡があった。 仕事でストレスが溜まっているから、飲みたい気分だ、と。 断ればいいものを、聡子はのこのこ指定の飲み屋まで出向いた。 ついでに、福田からもらったネックレスをつけていくかどうか悩んだ後、つけていった。 その日の夜、聡子は福田に雑にホテルに誘われ、抱かれた。 福田は一緒に寝てくれなくて、朝の5時ぐらいにホテルから解散して、自宅で心を落ち着けてから寝たのが朝の8時、それから寝たり起
飯沼健吾は週末は当然のことながら、平日の仕事の少しの隙間にも、XやYouTubeを見る。スマホ中毒と言っていい。テレワーク中などはひどいもので、会社のメインのPCの周りにタブレットとスマホを何台か侍せ、ついでに外部モニターも2台使って、仕事をしているんだか、SNSを見ているんだか、映画を見ているんだか、YouTubeを見ているんだか分からないような状態を何時間も続け、いつの間にか終業時間になっている。終業時間になっても、普通に変わらずにこの状態を続けている。 たまに紙の本を
どうしても仕事が進められない。 手が動かない。こんなこと自分がやる仕事じゃない、という感覚が強い。
飯田美子は歩道橋を登りながら、化粧をしてこなかった自分を少しだけ悔やんだ。 化粧をしてこの男を向かい入れること自体、今回の男女のゲームにおいては負けだと思い、ほとんどすっぴんで男を迎えにきた。と言っても、美子は今回の男に限らず、男女のゲームに勝ったことなど一度たりともなかった。 歩道橋の真ん中で、しばらく男を待った。まだ大学生の男だ。看護師をしている美子に、何度か金を借りに来ている。今日もそんな感じになるのだろうか、と思うと美子は胸が苦しくなった。あまり残念に思われたくもな
飯島由紀子は甲州街道を1人で歩いていた。 最近できた新しいホテルに向かっていた。 今から会う男が、新宿三丁目の方を指定してきたので、「人混みはちょっと」と避け、自分でホテルを指定した。このホテルには一階にいいレストランが入ってるらしい。家から近いそこに行ってみたかったのと、男が期待外れでも、すぐに帰れるような場所を選んだつもりだった。 ホテルに入ってから、タクシーでくるという男をしばらく待っていたが、10分ほどして男が到着した。 「こんにちは」 「はじめまして」 会っ
荒木町の居酒屋屋に入って、ハラミを2本頼んだ。 ここは串につける味噌がうまい。 二台目のiphoneは裏返しにしている。 開いたら最後、仕事のSlackの通知が大量に来ているはずだった。 金曜日ぐらいはゆっくりしたい。 私はハラミにたっぷりと味噌をつけてから口に運んだ。 そして、先週帰った実家のことを思い出していた。 テレビでみるような、ゴミ屋敷だった。 いつからお母さんはあんなことになってしまったんだっけな。 家族のライングループから弟が抜けたのが5年前、その3〜
息子のバレーボールを観戦していると、ママ友の一人が話しかけてきた。 「Aさんバレーとかやってたんですか。ほら、背が高いから」 バレーなんてやったことがなかった。 私は生まれつき背が高いだけだ。 コートに目をやる。息子が飛び跳ねている。 もう小学6年生だ。 刈り上げた髪型が眩しかった。 きれいな顔に生まれてきてくれて本当によかった。見るたびに思う。 バレーボールの試合が終わると、ママ友と軽く挨拶をしてから家に帰った。 「よかったね! 勝てたじゃん。ぜったい勝てるっ