目
荒木町の居酒屋屋に入って、ハラミを2本頼んだ。
ここは串につける味噌がうまい。
二台目のiphoneは裏返しにしている。
開いたら最後、仕事のSlackの通知が大量に来ているはずだった。
金曜日ぐらいはゆっくりしたい。
私はハラミにたっぷりと味噌をつけてから口に運んだ。
そして、先週帰った実家のことを思い出していた。
テレビでみるような、ゴミ屋敷だった。
いつからお母さんはあんなことになってしまったんだっけな。
家族のライングループから弟が抜けたのが5年前、その3〜4年前以上前からライングループはあるはずだから、少なくとも8年以上だ。
私のお母さんは、いわゆる陰謀論者だった。
世界を裏で牛耳っているというディープステート(DS)という妄想や、政治家や有名人がお面をかぶっているという妄想のレプティリアンやゴム人間、それに人工地震なども信じていた。
この間、家族のライングループに突然、有名歌手の写真が送られてきて、「これ本当〜?」とメッセージが添えられていた。歌手が首を曲げながらマイクを握っている写真で、その首元にシワがあった。その首元から察するに、これはゴム人間か、あるいはレプティリアンなんじゃないか、という意味だった。
私は、このライングループの存在についてお父さんと何度も議論した。
弟だけじゃなく、私ももう耐えられなかった。しかしお父さんは、「このライングループがあるからこそお母さんの今を監視できる」と主張した。
お父さんとお母さんは、いつの間にか別居していた。ずっと北海道で暮らすお母さんを置いて、お父さんは東京にきた。数年前まで、私のマンションで一緒に住んでいた。
ハラミはいつにも増して美味しい。
ビールが進む。
二本目の串に手を伸ばしたところで、ドアが開き、男が入ってきた。
目があったので、私は笑いかけた。
私より12歳若い24歳の男。マッチングアプリで出会った。
何度か会っているけど、すごくいい子だと思っている。
性格もいいし、何より顔とスタイルが私好みだった。
「遅れてごめんなさい」
男が仰々しく両手を合わせてお辞儀する。
「ぜんぜん、そんなに待ってないから」
男は神保町でバーテンダーをやっていると言っていた。学はないだろう。話の内容からしてもそれは分かっていた。
今日わたしたちはおそらくセックスをするのだろうと思う。男の顔から雄の気配がする。
明確な目的を持った男は顔つきが違う。
私のお母さんもそうだ。
ディープステートを倒すという明確な目標を持ってから、顔つき、特に目つきが変わった。今目の前にいる男と同じようなものを感じる。
お父さんの目は、反対にあらゆる目標を失っていた。
表情がなくなり、自分の愛する女を幸せにできなかった、陰謀論という不治の病にかかることを許してしまったということに対する後悔や懺悔の気持ちが大きいのだと思う。
24歳の男は、今夜私という獲物を倒そうとしている。
その目を見て、私はお母さんの人生も、悪くないのかもしれないと少しだけ思い直した。
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