写真と俳句 その二十一
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丈山之像謁
風かほる 羽織は襟も つくろはず 芭蕉
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芭蕉は、元禄四年(1691年)六月一日に、去来・曽良・丈草たちと、洛北の凹凸窠(おうとつか)(詩仙堂)を訪れ、丈山の像を拝し、讃をよみ、丈山の人柄をみました。芭蕉48歳。
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風薫る 朝の陽 背にし 巡る山 広在
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石川丈山像
丈山忌は、5月23日。その後、丈山翁遺宝展が開催されます。
以降は、芭蕉が詠んだ句の内容の背景について、お話しします。写真は二枚。目次で内容をご確認ください。
なお、丈山スパイ説には、懐疑的ですので、そちらの話はございません。
石川丈山
天正11年10月〜寛文12年5月23日 (1583年~1672年)
丈山は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将であり、文人としても生きました。三河国碧海郡和泉郷(現在の安城市和泉町)に生まれ、祖先は、源義家の第六子義時と伝えられ、曾祖父以来、徳川家に仕える譜代でした。
大坂夏の陣で、軍規に反したとして蟄居し、臨済宗妙心寺の僧侶となります。藤原惺窩に師事し儒学を修め、寛永18年(1641年)、59歳の時に、詩仙堂を建てます。
名は、重之、後に名を凹、字を丈山。号は、大拙、六々山人、四明山人、凹凸窠など。
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