【仕事】『仕事からの切り替え困難に対する心理的支援 ―持続可能な働き方の実現のために―』◇まとめ その2【プライベート】
本書のまとめの2回目です。まずは「第Ⅰ部 ワーク・ライフ・バランスと「切り替え」の問題」の「第1章 仕事と生活の「切り替え」に関する先行研究」から読んでいきます。
目次が書いてある1回目の投稿のURLを載せておきます。全体像を把握する場合は,こちらからどうぞ。
ここから,著者の研究に焦点を当てていきます。少しずつ用語も出てきますが,2回に分けて,少しずつ読みますので,怖がらずに,読んでいきましょう。
第Ⅰ部 ワーク・ライフ・バランスと「切り替え」の問題
第1章 仕事と生活の「切り替え」に関する先行研究」
1-1 仕事と生活の両立が求められる時代へ
2015年に国連サミットで,「SDGs(持続可能な開発目標)」が採択され,その中に「仕事と生活の調和」を意味する「ワーク・ライフ・バランス」も,その中の複数の項目に関わる課題として位置づけられています。
従来の「性別役割分業型(男性は外に出て働き,女性は家に残り家事や育児を行なう,という考え方)」の働き方では,社会を維持していくことが困難になり,「稼得・ケア共同型(世帯をもつ家庭が,性別によらず,「家庭外における労働」と「家事」を平等に分担する,という考え方,いわゆる共働き)」の働き方への移行が提唱されるようになりました。
ワーク・ライフ・バランスの問題は,著者によると,「労働時間が男性の正社員に集中しすぎている(p.4)」ことに要約できます。これは,2020年の経済協力開発機構(OECD)の調査でも明らかで,男性の労働時間は女性の労働時間よりも,1.7倍多いのだそうです。このことじゃら,日本の働き方は,未だに「性別役割分業型」を引きずっている状態であると言えそうです。
1-2 働き方の柔軟化に伴う「切り替えの重要性」
日本では,2019年から厚生労働省が「働き方改革」を掲げ,長時間労働の防止や,雇用形態によらない公正な処遇の確保についての整備が進められています。2020年からのコロナウイルス(COVID-19)の世界的流行と感染拡大の影響で,この動きはさらに進みました。今後も,多くの企業がリモートワークやフレックスタイム制の導入などを検討・普及されていくことになると筆者は考えています。
ここで,ワーク・ライフ・バランスに対して「ワーク・ライフ・インテグレーション」という概念が出てきます。
「ワーク・ライフ・インテグレーション」とは,「仕事と生活の両立」を意味する「ワーク・ライフ・バランス」と似ているものですが,こちらは,「仕事と生活を高いレベルで統合し,各々の生活様式やライフステージに合わせて,働き方をダイナミックに調整できるもの(経済同友会,2008)(p.6)」です。
これは,前述の「稼得・ケア共同型」の働き方の理想として位置づけられています。つまり,ワーク・ライフ・バランスは,「仕事」と「生活」をしっかり分けてバランスを保ちましょうというもので,ワーク・ライフ・インテグレーションは,「仕事」と「生活」のそれぞれの時間を自由に行き来できる働き方を実現していく,といったものです。
しかしここで,「仕事」と「生活」の境界が曖昧になったことで生じる問題が,著者の言う「仕事切り替え困難」です。これは,Grebnerら(2005)が言うには「仕事のことを引きずってしまい,仕事から生活に頭が切り替わらない問題」と定義されています。この問題は,近年のワーク・ライフ・バランスを巡る動向を受けて,重要性が増してきています。
2,「仕事の切り替え困難」に焦点を当てて
ここから少し,専門的な用語が出てきます。読んでいただいている方,英語のものも出てきますが,読めないものは,辞書などで調べなくても大丈夫なので,何となく読む形で構いません。
「仕事の切り替え困難」の問題は,「心理的距離(Psychological detachment)」という「物理的な距離として離れているだけでなく,勤務外に仕事に関連する作業をしないことや,仕事に関して考えないこと(Sonnentag & Fritz, 2007)(p.7)」つまり,「仕事から心理的に離れている感覚」の問題から焦点が当てられ始めました。
著者は「心理的距離」という言葉について,本書では「出勤時間になったら仕事モードのスイッチをオンにし,退勤時間になったらきっぱり仕事モードのスイッチをオフにする」というイメージ(Sonnentag & Bayer, 2005)を用いていますので,このまとめでも,そのように見ていきましょう。
これまでに,心理的距離が低い人ほど,抑うつ症状や睡眠の問題,情緒的疲弊感などのメンタルヘルス不調を抱えやすいこと(Sonnentag & Fritz, 2007)が分かっており,この心理的距離が,働く人のメンタルヘルスを保つ上で重要な機能をもつと考えられます。
つまり,自分の中の「仕事との心理的な距離感」が高い人と低い人で,メンタルヘルスの問題の程度に違いが出るということでしょう。
少し脱線しますが,「仕事のスイッチをオンにし続けること」については,どう考えればいいでしょうか?
確かに,テキパキ仕事をこなして活躍し,それでいて全く音を上げないし,疲れているようにも見えない人に対して,「あの人いつも仕事のこと考えているように見えるのに,何で全然疲れないんだろう?」と疑問に思うことがあるでしょう。私も何回も経験しています。
著者が調べたところによると,「すべてが悪いわけではない」ということです。
その一例として,心理的距離が高いときと低いときに,ワーク・エンゲージメント(仕事に対する前向きさ)が低くなり,心理的距離が中程度のときに,ワークエンゲージメントが高くなる傾向があることが,過去の研究によって分かっています(Shimazu et al, 2016)。
このことから,仕事のスイッチのオンになり続けている状態と,逆に完全にオフになっていることは,仕事に対してポジティブな影響をもたないということが分かります。
その他にも,勤務外に仕事の問題解決について考えることがメンタルヘルスの問題にはつながらないこと(Vahle-Hinz et al, 2017),仕事の良かった体験について振り返ることが,仕事の創造性の高さにポジティブな影響を及ぼすこと(Binnewies et al, 2009)などが分かっています。
おそらくですが,仕事で大活躍していて,かつ健康的な人,いわゆる「デキる人」は,この「仕事のスイッチをオフにし続けること」の「悪くない部分」を上手に活用しているのでしょう。うらやましい限りです。
では再び本題へ。「仕事の切り替え困難」について,中核的な問題となっているものは何かというと,著者は2015年の文献から,「仕事について繰り返し考え続けてしまう」という「反芻(はんすう)」であると言います(Sonnentag & Fritz, 2015)(p.8)。
この「反芻」には,次の2つの種類があります。
① affective rumination(イライラや不安などのネガティブな感情を感じながら仕事について考え続けること)(Cropley,et al, 2012)
② negative work reflection(仕事で体験した嫌な出来事について繰り返し考えること)(Binnweies et al, 2010)
この2種類を,Grebnerら(2005)は,inability to switch off(スイッチをオフにすることのコントロール不能性)という言葉でも表しています。
これらのことをまとめて,著者は本書での「仕事の切り替え困難」を「退勤後も仕事のスイッチをオフにできない問題」として定義しています。
―― ■ 以上が本書のまとめ。以下は私の感想文です ■ ――
第1章が半分終わりました。専門用語がかなり多く出てきました。まあ,本書自体が専門書なので仕方ないですが。
ここまで読んでみて,「仕事の切り替え困難」の大体の意味が見えてきました。「退勤しても仕事のスイッチをオフにできないこと」ですね。
今だから分かりますが,自分も働いているときに何度もこれを経験しました。
家に帰ってからも仕事に関して,「明日の○○は何をしよう」とか「今日は◇◇で失敗したな」とかを考えてしまって,仕事から抜け切れていない自分がいるんですよね。
でも,それは今思うと,仕事への熱意の表れだとも思います。熱意がないと,一生懸命考えることというのは難しいものだと思います。
しかし,「熱意だけで仕事をしてきたから,最終的に倒れてしまった自分がいる」とも考えられるので,なかなか難しい問題です・・・
著者はこの問題に,この後どのように向かっていくのでしょうか。
次回,第1章の後半を読んでいきますね。
【用語欄】
・性別役割分業型
⇒「男性は外に出て働き,女性は家に残り家事や育児を行なう」という考え方
・稼ぎ・ケア共同型
⇒世帯をもつ家庭が,性別によらず,「家庭外における労働」と「家事」を平等に分担する,という考え方
・ワーク・ライフ・バランス
⇒仕事と生活の”調和”:仕事と生活をしっかり分けてバランスを取る
・ワーク・ライフ・インテグレーション
⇒仕事と生活の”統合”:仕事と生活を統合し,各々の生活様式やライフステージに合わせて,働き方を調整できる
・心理的距離(Psychological detachment)
⇒本書では「出勤時間になったら仕事モードのスイッチをオンにし,退勤時間になったらきっぱり仕事モードのスイッチをオフにする」というイメージ
・ワーク・エンゲージメント
⇒仕事に対する前向きさ
・反芻(はんすう)
⇒ある出来事について反復的に考える認知的活動のこと(Nolen-Hoeksema & Morrow, 1991 ; Trapnell & Campbell, 1999)
・inability to switch off
⇒(スイッチをオフにすることのコントロール不能性:「反芻」を包摂的に表したもの。次の2つに分けられる)
●① affective rumination(イライラや不安などのネガティブな感情を感じながら仕事について考え続けること)
●② negative work reflection(仕事で体験した嫌な出来事について繰り返し考えること)