【探偵は甘すぎる番外編】ホットアップルパイ〜ミステリ初心者に向けたオススメミステリ39選添え(長文ver)
★探偵は甘すぎる完全番外編
探偵と探偵助手に宛てた、とあるミステリオタクからの手紙風ミステリのススメ。
文学フリマ発行の副読本収録『ホットアップルパイ〜バニラアイスとおすすめミステリ乗せ』の長文verとなります。
ミステリ初心者に、ネタバレされる前に読んでほしい39選!
番外編▶︎ホットアップルパイ〜バニラアイスとオススメミステリ乗せ
朝日野探偵事務所へ調査依頼をする場合、基本的にはネット経由の予約が多い。
手続きの関係などで最終的には事務所まで来てもらうことにかわりはないが、電話予約やアポ無しで直接来訪する相談ケースはレアだ。
ましてや調査対象物が直接荷物で送りつけられることなどレア中のレアである。
ほぼないと言ってもいい。
「で、静佳ちゃんよ、そのダンボールの中身が全部本だってのか? うちはいつから古本買取始めたんだ?」
「まあ驚くよね」
呆れるジョーに、僕は苦笑いで応えるしかなかった。
「誰だよ、んなことしやがったの」
「誰って、僕らもお世話になってる鍵屋ことNAT社の二階堂さんしかいないよ」
「あのミステリーオタクか」
「会社名が《Needle and thread》でさ、由来が《針と糸》なのがまた徹底してるよね」
針と糸はミステリーにおける密室トリックの手法であり、ある意味古典トリックそのものを指す代名詞的存在である、とは二階堂さんの言だ。
鍵開け業務とかけていて、なかなかのネーミングセンスだと僕は思う。
「で、調査依頼の内容は? まさか査定価格を調べろとか言わねぇよな」
「調査依頼っていうより読んで感想聞かせて、っていうお願いなんだよね」
「んなもん、SNSでやれよ。なんで金払ってまで探偵に依頼してんだよ」
「ミステリ初心者の感想からしか得られない栄養素があるんだって。あと、不用意にネタバレ踏んでほしくないとか書いてたよ」
「…‥アイツ、なんなんだよ」
僕自身は乱読の自覚があるけど、ミステリーが好きかと問われると、そこだけに特化はしていない。
ラインナップを見るに未読のものが多いのも確かだ。
ちなみに、段ボール内の本たちは送り主の手紙をもとにきっちりと区分けされていた。
「そして、なんと読書のお供用として紅茶とアップルパイの詰め合わせも一緒に届いてるんだよね」
「アイツ、ホントになんなんだよ! 断れねーだろ!」
***
朝日野探偵事務所
月影静佳さま
朝日野譲治さま
え、なんで探偵より先に助手の名前が先にあるかって?
そりゃ、この手紙を最初に読むのが助手だからに決まってるだろ、推理するまでもねぇ。
まあ、とりあえず何も言わず、どっかでうっかりネタバレを踏む前にこれらを読んでくれ、頼むわ!
★アガサ・クリスティ至高の名作
・そして誰もいなくなった
・アクロイド殺し
・オリエント急行殺人事件
・ABC殺人事件
・カーテン
ミステリーの女王が綴る、あらゆるトリックの原点にして原典。
ゆえに世界中にネタバレがあふれているので検索厳禁!
特に最初に挙げてる三作がリスクやべー。
映画化、ドラマ化、パスティーシュ、オマージュ、作中紹介、どこにネタバレがひそんでるかわかんねーぞ。
なので、他のミステリ作品に手を出す前に読むこと。
なお、カーテンに関してはポアロシリーズを数冊読んでからがおすすめだ!
間になにをはさむか悩みどころだな!
★エドガー・アラン・ポー
・モルグ街の殺人
・黒猫
いわゆる創作探偵小説の始祖と言われてる。
趣味云々は横に置いて教養として読んでみてくれ。短編集メインだからいけるはずだ。
ちなみにこちらもあらゆるところでネタバレされてるぞ。
何も知らずに読めるやつは幸せだ。
ついでに俺のお気に入りを入れておく。
★モーリス・ルブラン
・奇岩城
・三十棺桶島
すまん、俺の趣味を突っ込んだ。ルパン推しだ。
もちろんホームズも好きだ。
ネタバレされてないなら、マダラの紐とか読んでおいてもらいたいが、あれも検索厳禁だな。
そしてホームズは、実は映像作品のが好きなんだよ。
現代版のSHERLOCKとか最高に気に入ってる! 最高だぞあのドラマ! マジで!
エラリー・クイーンの悲劇シリーズがないだって?
わかってる。みなまで言うな。
なんなら、ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』や『僧正殺人事件』がないことに不満を覚える向きもあるだろう。
ガストン・ルルーが抜けてることに憤るやつもいるかもしれん。
マジで海外の名作古典に関しては枚挙にいとまがないんだよな!
だが、そちらは他の作品内で言及されることはあってもトリックのネタバレ危険度的に女王やモルグ街ほどではないからな!
安心して次の機会にゆずろう!
つまり、次があるってことだ! やったね!
あ、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』も次の機会に語るわ。あれは俺の中でミステリとは別ジャンル扱いだが名作だぞ。映画も激推しだ。
さて、海外古典を読んだら、次はこちら。
国内の本格ミステリの基本と俺の個人的おすすめに移ろう。
★綾辻行人
・十角館の殺人
・水車館の殺人
・迷路館の殺人
・人形館の殺人
・時計館の殺人
新本格ムーブメントを牽引した綾辻行人の良作だ。とくに十角館の殺人は俺のバイブルでもある。
綾辻行人なくして俺の本格好きは語れない。いやマジで。
そうそう、館シリーズは必ず刊行順に!
現在九作品出てるが、とりあえず刊行順を守ってもらいたいので時計館までを選出した。
そこ読んだら、続きを追うもよし、人気シリーズのAnotherに行くもよし。なんならホラーへ行くのもアリだ。
霧越邸殺人事件も館モノだから押さえておくのもいい。
ちなみに、殺人鬼シリーズは人を選ぶので薦めるかどうかは悩みどころだな。色んな意味でやべー。
★島田荘司
・占星術殺人事件
・暗闇坂の人喰いの木
・水晶のピラミッド
・異邦の騎士
御手洗潔シリーズは良き! 特に俺は初期作品推しだ。
このシリーズ、御手洗潔が振る舞いも含めて探偵として興味深いぞ。ホームズを彷彿とさせるしな。
占星術のトリックに関しては別の意味で有名になってしまって俺は悲しい。
おっと、知らないからって検索すんなよ。
なお、異邦の騎士はこのシリーズを数冊読んでから臨むこと。
★江戸川乱歩
・孤島の鬼
・押し絵と旅する男
・人間椅子
他の作品内で言及されることもあるしな、教養としても押さえておきたい三作だ。
ただ、乱歩作品に関しては、できれば短編や幻想ホラー系を推したいんだよな。先生、長編ミステリはわりと苦手なんじゃねーかと俺は踏んでる(個人の見解だ)
★横溝正史
・犬神家の一族
・八つ墓村
原作を読んだことはなくても、ドラマや映画なんかでめちゃくちゃリメイクされまくってるから、タイトルだけは知ってたりするよな。ネタとして押さえてたりもするか?
まさに超有名作品だ。
金田一耕助は明智小五郎とならぶ、日本が誇る名探偵だよな。
だからこそ原作を読んで、横溝正史作品の文章の美しさや妖しさを堪能してもらいたいんだよ。昭和初期の空気感がめっちゃすげーぞ。
★伊坂幸太郎
・陽気なギャングが地球を回す
・マリアビートル
・アヒルと鴨のコインロッカー
ここでいったん、初心者たる諸君のために、『己のミステリ嗜好』を確認する名目で伊坂作品を置くとしよう。
ライトに楽しめるクライムサスペンスからエンタメ感を足したり引いたり自由自在な作家だ!
他にも勧めたい作品が多くて困る。
俺は殺し屋シリーズがお気に入りだが、死神シリーズもよいぞ。
あと、なんだかんだ作品またいで登場人物がカメオ出演すっから、見つけると嬉しくなる。
デビュー作から現在進行形で披露される伊坂ワールドの多彩さを堪能してくれ!
★特定ジャンルにおけるおすすめ
・姑獲鳥の夏(京極夏彦)
・ハサミ男(殊能将之)
・匣の中の失楽(竹本健治)
・『アリス・ミラー城』殺人事件(北山猛邦)
・七回死んだ男(西澤保彦)
・この闇と光(服部まゆみ)
この六冊は完全に俺の好みが出てる、許せ。
特に先に挙げた三作はちょっと読後がおかしな感覚になること請け合いだ。
ギミックの利き方も秀逸だぞ。
あと、服部まゆみ作品は文章の美しさがすげーと思うんだよな。
美しさなら連城三紀彦作品も推したいとこだが、それは次回な、次回。
★泣けるミステリーもある
・青の炎(貴志祐介)
・凍りのクジラ(辻村美月)
・容疑者Xの献身(東野圭吾)
・螺鈿迷宮(海堂尊)
前述した『アヒルと鴨〜』もこっちに入れたい所存だが、まあ、どれも色々考えさせられるぞ。
そしてなかなかに心を抉ってくるのもあるが、そこがいい!
職業がら、めっちゃ刺さっちまうヤツもいるだろうな。看護師の友人は螺鈿迷宮で号泣したって言ってたな。
心理描写や人間描写に長けたミステリの凄さを感じてくれ。
★グロいのはいけるか?
・グラン・ギニョール城(芦辺拓)
・アリス殺し(小林泰三)
・殺戮に至る病(我孫子武丸)
泣けるミステリーとは対極に位置してるが、まあ驚けるぞ。色んな意味で。
ここに綾辻の『殺人鬼』も入れておくべきかもな。
ほかにも特殊設定のジャンルもあるし、有栖川有栖、法月倫太郎、山口雅也、米澤穂信、宮部みゆきでもいろいろ好みのもんが多くてな。
純粋なミステリ、アンチミステリー、社会派ミステリーとかな、それぞれが名作と傑作であふれてるし、特殊設定もふるってるぞ。
だが、それはいったん飲み込んで、まずはこれらを読んでくれ。
そして、読んだら感想をくれ。
ごく最近の作品はわりとあちこちで感想読めるんだが、過去のやつはなかなか新鮮な悲鳴が聞けていない。
ミステリ初心者の感想からしか得られない栄養素があるんだ。
あと、迂闊に手を出したら他作品内で古典名作のネタバレされたりするから油断も隙もねぇし。
そうそう、この中で特に好みのがあったら教えてくれ。それをもとに第二弾を考える。
よろしく頼む。
《針と糸》二階堂悟史 拝
追伸:ミステリとミステリーの違いと使い分けについての個人的見解は後日語るものとする
***
「で、静佳はマジで全部読むのか?」
手紙を読み上げた僕にたいし、依頼の手つけ金代わりのアップルパイを頬張りながら、ジョーが首を傾げる。
リベイクしたアップルパイの上で溶けていくバニラアイスは至高だ。
僕も溶けきる前にいただくことにする。
「え、うん。四十冊切るぐらいだし、一週間もあればいけるかな」
「アイツ好みの感想が出てくんのかね」
「ほら、本棚ってその人の内面が見えてくるとか言われてるでしょ? そういう意味でも面白そうかなって」
「んじゃ、この案件は読書家の静佳ちゃんに任せた」
「いいけどさ、気になるのあったら、ジョーも読んでみなよ。二階堂さん、僕ら二人に宛てて書いてくれてるし」
「あー、うん」
あまり気乗りしていない素振りだけど、本当はちょっと興味が湧いてそうなんだよね。
このあと、朝日野探偵事務所に空前の本格ミステリブームが訪れることになろうとは、この時の僕らはまだ知るよしもなかった。
了
「あ、オレ、アクロイド殺しは前にも読んでたわ。いま思い出した」
「え、まさかジョー、犯人判明直前でソレ思い出しちゃったの?」
「海外ものは翻訳でかなり印象変わるんだな。まあ、思い出しちまったもんはしょうがねぇ」
「……僕ならちょっと立ち直れない」
…*…*…*…
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