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透明な傘の下で雨に濡れることを忘れていた。私は何も知らなくていいと、あなたが口を噤んで微笑む。砂は落ちてゆく。あなたは言う、もうすぐ夜が来るよと。夜はあなたに似合う言葉ではないから、あなたにこそ似合わない言葉を私は探し続けていた。あなたは静かに目を伏せて、私は雨音が響く中、そっと耳を塞ぐ。砂時計は緩慢に音もなく降り積もってゆく。 世界が息絶えて眠りはじめるまで、あなたの目蓋に、頬に、睫毛に触れて居たくて手を伸ばせば、魚のようにするりと消えてしまうのだろう。透明で硬質なこの
きみがぼくの指先にふれて、「すき」と書いたその日を誰かが境界線にして、世界が変わったのだと思う。それはぼくたちの産声であると同時に、世界が根絶されだしたことも示していた。ぼくらの眼にはふたつの色が映る。世界を彩る鮮やかな赤と、世界を塗りつぶすような真っ黒な青だ。 空に眼を凝らす。青のなかには光る点がいくつか見えるのだけど、どれもぼやけてしまってよく見えない。赤い瞳は青く濁ることもない。だから、空に散らばる点のなかで、きみを見つけた。きみは泣かない子どもではなかったのだと、
海より深く、星明かりさえ届かないとこまで深く沈めたら、どうかどうか沈めてくれよ私のこともあなたのことも誰も彼も忘れてしまうくらいにさあ! 私があなたを嫌いだと言った日、「奇遇だ」とあなたは言って、それがとても嬉しかった。 「そうか、わたしもおまえが大っ嫌いだから、おあいこだな!」 吐き捨てるように私はそう言って、土砂降りの雨に濡れたアスファルトの黒さに目を奪われた。どこにも行けないままどこかへ行けるってわかる? どこまで逃げればいいかな。誰が追ってくるかな。なあ、追いか
貴方の影が私の視界を黒く覆う。貴方の広い背中に遮られ、小さな灯りは行方をくらませてしまう。 浅ましい私の目を射る光明は、いつだって蜘蛛の糸の様で細く弱く頼りない。常より真直ぐに上ばかりを見ている貴方などに、如何してそれが見えようか。そう貴方には糸を手繰り寄せる意味も、必要もなかった、貴方の見通す世界にはいつだって眩い光が満ちているというのに、それなのに貴方は如何して私を振り返る。 手繰り寄せる意味ならば確かに必要はない、唯、わたしはお前を愛しているなどと諳んじる。
硝子のびんにきみを入れたら 月をつかまえて枕にしましょう 朝露のついた月桂樹の葉で きみの肩をなぞったら、おやすみを言う 月にからだを預けて 眠るきみを奪い返しに 朝はうつくしい鳥をよこすでしょう 花びらのリボン しゃぼん玉の歌 スコアを綴っていくきんいろの蜘蛛糸 ほどけた太陽は 雲の縁にからまって いつもとおなじ夜に おはようを言う きみは言えるかな? 硝子のびんからきみを逃がして 虹のうら側におちた雨を集める きみはうつくしい鳥の声