『プロセスモデル』の第II章と第I章における「インプライング」の用法史: 古典的プラグマティズムからの系譜
『プロセスモデル』 (Gendlin、1997/2018) においては、基本となる用語「インプライング」が頻繁に使われています。この用語は、彼の以前の公刊論文 (Gendlin, 1973a; 1973b) で初めて使われました。現段階での私の見解では、「インプライング」のさまざまな用法は、以下の歴史的な流れに沿って発展してきたと考えています。まず、1970年代初頭にジェンドリンは『プロセスモデル』第II章に相当する「時間をもたらす、または生成する」インプライングの用法を使い始めました。次に、1980年代後半に彼は『プロセスモデル』第I章に相当する、「水平方向的な」インプライングの用法を使い始めました。最後に、インプライングの他の用法は『プロセスモデル』執筆とともに定式化されました。
インプライングの第II章的用法前史
ジェンドリンの初期の論文「人格変化の理論」 (Gendlin, 1964) では、「空腹」と「食べること」は次のように論じられてはいるものの、「インプライング」という用語はまだ導入されていませんでした。
そこでまず、古典的プラグマティストであるジョージ・H・ミードによる「空腹」と「食べること」についての議論を確認し、次いでジェンドリンが1973年に「インプライング」という用語をどのように提唱したかを見てみましょう。
このように、「空腹」が「食べること」と何らかのかたちで関係し、「食べること」が「食物」と何らかのかたちで関係しています。これらの関係を、他とは異なった「非常に特殊な関係」であるとジェンドリンは主張してミードの議論を引き継ぎます。
そして、「空腹」と「食べること」との間の連続性を「インプライする」という動詞で呼ぶことを彼は提唱します。
続いて、「インプライする」は、空腹と食べることだけでなく、「食べること」と「食物」の間をつなぐ動詞としてもジェンドリンは使い始めます。
この辺りの論述は、ほとんど『プロセスモデル』第II章における次の用法を先取りしています。
さらには、インプライングは機能的に「円環 (cycle)」をなすという第II章の標題に相当する発想も既に論じられています。
ここでは、「追跡」が「栄養摂取」をインプライし、「栄養摂取」が「地面を掻くこと」をインプライするというように、活動どうしをつなぐ動詞として「インプライする」が使われています。この用法もまた、『プロセスモデル』第II章での「環境#2のストリング」 (Gendlin, 1997/2018, p. 9; cf. ジェンドリン, 2023, p. 13) という発想にそのまま継承されているのです。
以上のように、「インプライング」の用語法に関して、’70年代前半のジェンドリンは、のちの『プロセスモデル』第II章に代表されるような「時間をもたらす、もしくは生成する」 (Gendlin, 1997/2018, p. 29; cf. ジェンドリン, 2023, p. 50) 種類の用法からその考察に着手したと言えるでしょう。
「空腹」と「食べること」の関係は、従来の哲学や心理学における用語法にあえて立ち戻ってみれば、「欲求」と「満足」の関係に対応します。例えばデューイは、「欲求とは、身体が不安な状態や不安定な平衡状態にあるような、エネルギーの緊張的な配分の状態を意味」し、「満足とは、有機体の活動的な要求との相互作用による環境の変化に起因する、この平衡パターンの回復を意味する」 (Dewey, 1925/1929, p. 253 [LW 1, 194]; cf. デューイ, 2021, p. 258) と論じています。ジェンドリンは、欲求と満足という静的な用法から、「インプライング」の「時間を生成する」用法を導入することによってよって動的に考察することで、従来の哲学に新たな1ページを加えたと言えるでしょう。
インプライングの第I章的用法前史
デューイが相互作用という場合、皮膚の内側の有機体と皮膚の外側の環境が前もって独立自存してあり、その後で初めて両者が双方向で作用し合うという伝統的な考え方は拒絶されます。
こうしたデューイの考察は、 ‘70年代後半以降ジェンドリンが引き継ぎ始めます。
そして、相互作用する両者は一つに統合されているというデューイの発想が’80年代前半のジェンドリンの著作に現われ始めます。
では、一つに統合されている様子をより具体的に論じましょう。デューイは、まず「歩く」という生命活動があり、それが二次的に歩かれる「地面」と歩く「脚」とに分けられると考えました。
両者が分離されない歩行という例はジェンドリンが’80年代後半になると考察し始めます。
上記の引用における「インプライング」は、’70年代における「時間を生成する」用法とは異なるものです。’80年代から使われ始めたこの用法が、のちの『プロセスモデル』第I章におけるインプライングの「水平方向的な (horizontal)」 (Gendlin, 1997/2018, p. 29; cf. ジェンドリン, 2023, p. 49) 使い方を準備するのです。
インプライングのその他の用法
以上のように、ジェンドリンは ’70年代から ’80年代にかけて、有機体と環境との相互作用に関するミードやデューイの視点を継承・修正しながら、インプライングという考え方を発展させたのだと私は考えています。しかし、「(d-1) 身体のシンボリックな機能」(Gendlin, 1997/2018, p.29; ジェンドリン, 2023, pp. 49–50)の節で整理されているように、『プロセスモデル』におけるインプライングの用法はII章とI章の用法に限定されるものではありません。とりわけ第IV章Aで初めて言及された用法は『プロセスモデル』以前の著作では詳しく論じられていませんでした。そうしたその他の用法は、『プロセスモデル』の執筆によってようやく定式化されたのだと私は考えています。
文献
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