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ジェンドリンの 「環境#0 」のプラグマティズム的起源: デューイとミードを参照しながら

ジェンドリンの『プロセスモデル』において、「環境#0」は「環境#2」や「環境#3」に比べると言及される頻度が低いです。とはいえ、「環境#0」は、「ほとんど言及されないからといって、構造的に重要でないとは限らない」 (Jaaniste, 2021, April) という指摘もあります。ジェンドリンが環境#0を意図的に想定した背景はいろいろ考えられます。私見では、環境#0の先取りの一つは、デューイの後期著作『論理学:探究の理論』 (Dewey, 1938) に登場する「自然界」の概念に見出すことができます。最後に、環境#0という発想や用語法には、ジョン・デューイよりもジョージ・H・ミードに近いと思われる点もあることを指摘しておきたいと思います。


「論理学:探究の理論」における「自然界」

デューイは、後期の著作『論理学:探究の理論』 (Dewey, 1938) において、それまでの著作『経験と自然』 (Dewey, 1925/29) では明示的に言及しなかったことに言及するようになります。 後期の『論理学』では、有機体とまだ相互作用していない事物や世界について明確に言及するのです。

世界には、有機体の生命活動とは関わりをもたない事物がある。しかし、そうした事物は有機体の環境の一部ではなく、潜在的な状態を保ったままである。 (Dewey, 1938, p. 25 [LW 12, 32]; cf. デューイ, 1968, p. 415)

もちろん、有機体から独立して存在する自然界もある。しかし、そうした自然界は、直接にでも間接にでも生命機能へと入り込む場合に限って環境である。有機体そのものは、より大きな自然界の一部であり、その環境との積極的なつながりによってのみ存在するのである。 (Dewey, 1938, pp. 33-4 [LW 12, 40]; cf. デューイ, 1968, p. 423)

つまり、より後期の著作においてデューイは、有機体とまだ相互作用していない事物の (潜在的な) 存在を明確に認めているのです。しかし一方で、この著作におけるデューイの定義によれば、「生命機能に入り込んでいないような事物は、『自然界』に属することはあっても、やはり『環境』に属するとは言えない」ということになります。


ジェンドリンによる「環境」概念の拡張

ジェンドリンも『プロセスモデル』の第I章で、まだ身体と相互作用していない何かの (潜在的な) 存在を認めています。ジェンドリンの場合、デューイによる「環境」の定義を拡張して、こうした事物や世界をも広義の環境に含めるのです。

ただし、ジェンドリンは、実際に生命機能に入るものを「環境#2」と呼び、まだ生命機能に入らないものを「環境#0」と呼んで区別します。

環境#0は、第4のタイプである。いつか生命プロセスに影響を与え、環境#2になるかもしれないが、今はそうでない何かである...。これは環境#2としてのリアリティを持たず、環境#3は環境#2の結果なので、生命プロセスにおいて決して機能していたことがない「環境」のための用語が必要になる。 (Gendlin, 1997/2018, pp. 7-8; cf. ジェンドリン, 2023, pp. 7-8)

このように、デューイとジェンドリンは、「環境」という用語で指し示す範囲こそ異なるものの、分類としては似たようなものを導入していると言えるのです。


デューイの「環境の拡大」という発想

デューイは、先に引用した箇所以外でも、『論理学:探究の理論』で環境#0に相当するものを論じています。

次のように言うことができよう。構造が分化するたびごとに、有機体の環境は拡大する。新しい器官が新しい相互作用の仕方を提供する。新しい相互作用のもとでは、世界において、以前であれば関わりがなかった事物が生命機能へと入り込んでくるのだ。 (Dewey, 1938, p. 25 [LW 12, 32]; cf. デューイ, 1968, p. 415)

しかし、ジェンドリンであれば、「新しい器官が新しい相互作用の仕方を提供する」という言い方は、おそらくしなかったことでしょう。ジェンドリンであれば、あらかじめ分離した固定的な器官や、そうした器官が属する系統を想定することはなかったからです。

傍観者であれば、例えば消化器系、呼吸器系、生殖器系など、分離したプロセスを完全かつ明確につながりとして定式化することができたことであろう。だが、これらのプロセスは、ずっと分離しているわけでもなければ、顕微鏡レベルでそうしたプロセスのサブプロセスであるわけでもないのである。 (Gendlin, 1997/2018, p. 23; cf. ジェンドリン, 2023, p. 38)


環境#0が環境#2になる: ミードの「感受性」あるいは「能力」という用語法

デューイの盟友であるジョージ・ハーバート・ミードもまた、「以前であれば関わりがなかった事物が生命機能へと入り込んでくる」ことを論じています。しかし、彼はデューイとは異なり、「感受性」や「能力」という用語を使って議論しています。

ジェンドリンは『プロセスモデル』の「第V章A: 介入する出来事」の中で環境#0という用語を再検討しています。進化に関するこの節で、彼はまず次のような問いを立てています:

有機体はどのようにして環境に対する新しい感受性 (new sensitivities) を発達させるのか? (Gendlin, 1997/2018, p. 71; cf. ジェンドリン, 2023, p. 123)

ここで導入される「新しい感受性」という用語を理解するには、ミードの以下の一節が参考になるでしょう。

有機体が反応できる唯一の環境は、その感受性 (sensitivity) が明らかにする環境である。それゆえ、有機体にとって存在しうる類いの環境とは、ある意味、有機体が規定する環境である。 (Mead, 1934, p. 245; cf. ミード, 2018, p. 458; 2021, p. 260)

そしてジェンドリンは、「感受性」の同義語として「能力」という用語を使って上記の質問に答える中で、環境#0に言及するのです。

私たちは今、最初の問いに答えた。私たちは、環境から影響を受ける増大する能力 (increasing capacity) 、あるいは、…身体が環境と絶えず新しい仕方で関わること (環境#0が環境#2になること) を導出したのである。 (Gendlin, 1997/2018, p.79; cf. ジェンドリン, 2023, p. 135)

環境#0が環境#2になることは、ミードの具体例を参照すれば容易に理解できます。

生命体が、環境の中でも祖先には対処不可能であった一部分に対処しうる能力 (capacity) を発達させると、それがどのようにして生じたものであれ、その度合いに応じて、自らにとって新たな環境を作り出したことになる。草を食物として処理できる消化器官を持つ牛は、新しい食物を加え、 そして、これを加えることで、新しい対象を加えることになる。以前は食物ではなかった物質が、今では食物になる。生命体の環境は増大したのである。 (Mead, 1934, p. 215; cf. ミード, 2018, p. 428; 2021, p. 229)

生命体の発達の過程で感受性 (sensitivity) が多様化すれば、有機体の環境に対する反応も多様化する、つまり、有機体は感受性の多様化に応じてより大きな環境を持つことになる。 (Mead, 1934, p. 245; cf. ミード, 2018, pp. 458–9; 2021, p. 260)

このような考察から、ミードとジェンドリンは有機体と環境の相互影響について論じたと言えるでしょう。

状況は作用と反作用がある状況であり、生命体を変化させる適応は環境も変化させずにはおかないのである。 (Mead, 1934, p. 215; cf. ミード, 2018, p. 428; 2021, p. 229)

…新しい身体-環境のあり方は、有機体が環境に影響を与えたり、環境の変化から影響を受けたりする新しい関わり方なのである。 (Gendlin, 1997/2018, p. 72; cf. ジェンドリン, 2023, p. 123)


文献

Dewey, J. (1925/1929). Experience and nature (2nd ed.). Open Court. Reprinted as Dewey, J. (1981). The later works, vol. 1 [Abbreviated as LW 1]. Southern Illinois University Press. ジョン・デューイ [著]; 栗田修 [訳] (2021). 経験としての自然 晃洋書房.

Dewey, J. (1938). Logic: the theory of inquiry. Henry Holt. Reprinted as Dewey, J. (1986). The later works, vol. 12 [Abbreviated as LW 12]. Southern Illinois University Press. ジョン・デューイ [著]; 魚津郁夫 [訳] (1968). 論理学 : 探究の理論  上山春平 [編] パース ; ジェイムズ ; デューイ (pp. 389-546) 中央公論社.

Gendlin, E. T. (1997/2018). A process model. Northwestern University Press. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 村里忠之・末武康弘・得丸智子 [訳] (2023). プロセスモデル : 暗在性の哲学 みすず書房.

Jaaniste, L. (2021, April). Posting to “A Process Model Study Group” (Facebook)

Mead, G. H. (1934). Mind, self, and society: from the standpoint of a social behaviorist. (edited by C.W. Morris). University of Chicago Press. ジョージ・ハーバート・ミード [著]; 植木豊 [訳] (2018). 精神・自我・社会. G・H・ミード著作集成:プラグマティズム・社会・歴史 (pp. 199–602). 作品社. ジョージ・ハーバート・ミード [著]; 山本雄二 [訳] (2021). 精神・自我・社会. みすず書房.

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