ジェンドリンの「焦点化」とディルタイの「合目的性」
『プロセス・モデル』(APM)の中で、ジェンドリンは生命プロセスは「恣意性とも論理とも異なる」と書いていました (Gendlin, 1997/2018, p. 47)。恣意的でないことのための用語の一つは「焦点化」であり、論理的でないことのための用語の一つは「非ラプラス的連続」です。「焦点化」とは、生命プロセスが単に好き勝手な方向に進むのではなく、特定の方向を持つことを意味します。
『プロセスモデル』に先立つ「焦点的」の使用例
『プロセスモデル』 (Gendlin, 2018) では、「焦点化」という用語がよく使われています。「焦点化 (focaling)」は、「フォーカシング (Focusing)」と英語で綴りは似ているものの、意味は異なります。「焦点化」という用語は、1970年代前半のジェンドリンの論文においてすでに使われていました。さらに、「焦点化」という用語こそ使われなかったもの、その考え方の原型は、遡ってディルタイに関する彼の修士論文(Gendlin, 1950)に見出すことができます。
1990年代前半の『パターンを超えて思考すること』では、「焦点的なインプライング (focal implying)」という言葉が使われていました。
上記のような「焦点的なインプライング」の特徴は、1970年代前半の「体験過程療法」において、すでに「あれでもなく、これでもない」といったように論じられていました。
上記の文章は「焦点化 (価値)」の節で論じられています。この節こそ、初めて「焦点的」ということについて詳しく論じられたのです。
このように、「焦点的」という言葉は、しばしば「合目的的」や「価値的」という言葉と一緒に使われます。ここでの「合目的的 (purposive)」という言葉の意味を理解するためには、ジェンドリンが生涯で最も影響を受けたディルタイの著作から、次の一節が参考になるでしょう。
ディルタイにおける「合目的的」の意味を踏まえれば、それ以降のジェンドリンの考察を一貫して捉えやすくなるかもしれません。
目的は付け加えられる何かではない
『プロセスモデル』第IV章Aにある「f) 焦点化」の節では、「目的は付け加えられる何かではない」 (Gendlin, 2018, p.45; cf. ジェンドリン, 2023, p. 77) といったように「目的」という言葉がよく使われています。これは、事実の中立的な認識と目的による価値づけとの間に予め区別があるということでないことを意味します。例えば、1990年代前半の別の論文「セラピーにおける情動について」では、次のように論じられています。
暑さについての考察は、1970年代前半の「体験過程療法」にまで遡ることができます。
さらに、中立的な体験と価値づけとに分離できないことについては、彼の修士論文にすでに書かれています。
『プロセスモデル』において「目的を別個の付け加えられたものとして表わすのは人為的である」(Gendlin, 2018, p. 46; cf. ジェンドリン, 2023, p. 77)と主張されるのは、こうした背景があるからです。ディルタイに端を発し、当初は人間だけを対象としていた「目的」の考察が、『プロセスモデル』に至ると、「植物は太陽に向かうために別の目的を必要としない」 (Gendlin, 2018, p. 46; cf. ジェンドリン, 2023, p. 77) というように、生命プロセス一般の考察へと適用されるようになったのだといえるでしょう。
補遺: ジェンドリンによるディルタイへの言及
「f)焦点化」という節は、『プロセスモデル』の本文中で唯一、ジェンドリンがディルタイに言及している箇所です。
私の知る限り、ディルタイの著作には「あらゆる体験過程はすでに本来的に理解でもある」と論じている箇所は見当たりません。その意味では、ジェンドリンによる言及の妥当性には疑問が残ります。しかし、「焦点化」という考え方は、彼が修士論文 (Gendlin, 1950) で検討したディルタイの哲学に大いに触発され、彼なりに発展させたものであることは間違いないでしょう。厳密に言えば、上記の「私たちが『目的』と呼ぶものは、ある行為が何であるかにすでに内在している」という一文は、彼の修士論文の次の一節に相当するでしょう。
したがって、ディルタイの著作から以下の文章を引用するのが最も妥当だといえるでしょう。
参考文献
Dilthey, W. (1927). Der Aufbau der geschichtlichen Welt in den Geisteswissenschaften (Gesammelte Schriften, vol. 7, pp. 205-27). B.G.Teubner. ディルタイ; 長井和雄(訳) (2010). 歴史論 世界観と歴史理論 (ディルタイ全集, 第4巻, pp. 1-392). 法政大学出版局.
Gendlin, E. T. (1950). Wilhelm Dilthey and the problem of comprehending human significance in the science of man. MA Thesis, Department of Philosophy, University of Chicago.
Gendlin, E.T. (1973). Experiential psychotherapy. In R. Corsini (Ed.), Current psychotherapies (pp. 317-52). Peacock. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 池見陽 [訳] (1999). 体験過程療法 セラピープロセスの小さな一歩:フォーカシングからの人間理解 (pp. 75-138) 金剛出版.
Gendlin, E.T. (1991a). On emotion in therapy. In J.D. Safran & L.S. Greenberg (Eds.), Emotion, psychotherapy and change (pp. 255-79). Guilford.
Gendlin, E.T. (1991b). Thinking beyond patterns: body, language and situations. In B. den Ouden & M. Moen (Eds.), The presence of feeling in thought (pp. 25-151). Peter Lang.
Gendlin, E.T. (2018). A process model. Northwestern University Press. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 村里忠之・末武康弘・得丸智子 [訳] (2023). プロセスモデル : 暗在性の哲学 みすず書房.
三村尚彦 (2015). 初期ジェンドリン哲学と体験過程理論 (体験を問いつづける哲学 第1巻). PDF版 ratik.