【ブックレビュー】『塩狩峠』三浦綾子(1973)
お品書きにある通り、企画が増えて渋滞し始めた。とりあえず一種ずつ投稿していくことにするが、noteではツイッター的なニーズがほとんどなさげなこともわかった。まあそうだろう、ツイッターはツイッターでやればいいんだから。新規企画は、色々な文章の書き方を試すいい機会にはなっているが、画像+短文形式の『はと画廊』は早々に畳むような気もする。こういったことも、時々ダッシュボードを覗いてみるとわかってくる。今後の運営に大いに参考にさせてもらうことにする。なにしろやったことないことをやってるんだから、自由にやることにしている。
一応小説を書いているわけだから、一冊目に紹介する本は小説にした。小説と言えばまずこれだ。
『塩狩峠』のテーマは『自己犠牲』。三浦さんの作品は、自身がクリスチャンであることから、キリスト教の教えに基づいたテーマを多く扱っている。例えば、代表作の一つでもある『氷点』では、『原罪』と『赦し』、究極的には『愛』がテーマとなっている。二作ともしっかりしたテーマがあるが、答えは書かれていない。読者に委ねているのだろう。案の定、そのあとじっくり考えることになる。
『塩狩峠』をまだ読んでいない方もいるだろうから、詳しい内容は差し控えるが、雪深い北国を舞台にした鉄道員の信夫という男の話だ。とにかくラストシーンが印象的だった。まず読者は、行ったことのない塩狩峠に連れていかれることになる。次に、自己犠牲の末に殉職し、この世を去った主人公の信夫を思い、一面の雪景色の中で泣き崩れる婚約者のふじ子と共に泣くことになる。挙句には、晴れ渡る空の下の雪に埋もれた塩狩峠が目も開けられないほど真っ白で、眩しいやらやるせないやらでショボショボになる。最後のシーンがなぜここまで心を打つのかというと、長く長く温めた末だからだと思う。やっと訪れようとしていた春。それが目前で散ったわけだから尚更だ。これは私の言葉ではなく、ぜひとも著者本人の言葉で味わっていただきたい。
さて、著者の三浦さんを語る上で欠かせないことといえば、長い入院生活だろう。肺結核、脊髄カリエスなどを患い、13年に及ぶ闘病生活を送った。病床にて受洗し、信仰がきっかけで伴侶に出会い、結婚もした。小説の執筆は、病院のギプスベッドに固定されて身動きのとれない三浦さんが口述し、ご主人の光世さんが紙に書き留める形で行っていた。それに比べたら、私の二度手間方式(注1)など大したことではない。
『塩狩峠』がきっかけで三浦さんの作品は色々読んだが、エッセイ集もいい。闘病生活のこと、信仰のこと、ご主人のこと、病床を訪れる見舞客や対談エピソード、教員であった頃のことについてなど、あらゆることを語っている。三浦さんは、戦時中に教師として子供達に教えた事を辞めた後も悔やみ、終生罪悪感に苛まれた。その後長く強いられた闘病生活はその罰、あるいは罪滅ぼしなのかもしれないとさえ言っている。この『罪悪感』については、『朗読者(ベルンハルト・シュリンク著)』というドイツ人作家の作品にもホロコーストを題材にして書かれていたりする。恐らくこういった感情は国を問わないもので、当時を生きた世代にとっては少なからずあるということだ。渦中にいた時には気づかなくとも、終わった後にどっとやってくるものなのかもしれない。そして職業というのは、時に時代の波に翻弄され、意図せず人を残酷な生き物にしてしまうこともあれば、後々その人に長く深い影(注2)を落とすことにもなり得るのだろう。
三浦さん自身のことを更に読むなら、まずは自伝小説『道ありき』がよいと思う。ただ、信仰=(なんか怪しい)宗教という条件反射をする方にはお勧めはしない。昨今の世情や時事問題から察するに、信仰や宗教という言葉に拒絶反応を示す人がいるのもわかるが、三浦さんが言わんとすることはそういうことではない。それはそれ、これはこれ、だ。また、東の都の当たり障りのない一場面を切り取ったシティポップのような作品を好む方にも勧められない。三浦さんの作品は、どれもこれも当たりもすれば障りもする。さらっと読み流す類《たぐい》の内容ではないし、ずしりと重い読後感がしばらく続く。とはいえど、『塩狩峠』と『道ありき』は、途中で諦めてもいいから一度は手に取っていただきたい二冊である。
あれ、この記事もしかして『硬(注3)』なのか?
なんだ、やればできるじゃないか。
『塩狩峠』以外も紹介しちゃってるところは、いささか『軟(注4)』ではあるが、まあそんなこと気にしちゃいけない。
読書の醍醐味の一つは、チェーン・リーディング(注5)でもあるのだから。
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注1 自己紹介記事『Q&Qという自問自答』を参照されたし。
注2 長く深い影については、映画レビュー『Cinema Pigeon《キネマ・ピジョン》』でも取り上げることになる。どうぞお楽しみに。
注3 『はと子劇場』の『硬いエッセイ』を参照されたし。
注4 これについても、『はと子劇場』の『硬いエッセイ』を参照されたし。
注5 Chain reading。一冊の本から次に読む本がつながっていくことの意。