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「200字の書評」(354) 2023.12.10


こんにちは。

いよいよ師走、飛び去る時間を引き戻すことはできません。ただ茫然と見送るのみ。無為徒食の日々を如何にしたらよいのでしょう。反省はどうしても暗くなりがち、己自身の充実感の問題であると同時に、世相のあまりの不条理さへの怒りでもあるのでしょう。

などとボヤいてばかりいられません。透き通った青空、無限の虚空に輝く星空を仰いで、もう一度船を出しましょう。

さて、今回の書評は前回の下巻です。トッドという碩学・鬼才(あるいは予言者)に引き込まれ、泥濘の道を歩んでしまいました。理解不十分どころか、読み進むのではなく単にページをめくっているにすぎませんが、一応決着をつけねばと思いました。


エマニュエル・トッド「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」下 文藝春秋 2023年

下巻では上巻同様統計を駆使し、家族類型と資本主義の連動を探り、資本主義に迫る黄昏を背景に典型例を解明する。退潮が顕著な米国は、人種差別と学歴による格差是正による延命を指摘する。直系家族系の日独を考察し、ドイツは移民の導入により労働力を確保するものの、日本は人口減を受け入れていると評する。中露評価の客観性は出色である。著者は高等教育の普及と外国人恐怖症、民主主義自体が内包する危うさに注意を喚起している。


<今週の本棚>

大江健三郎「親密な手紙」岩波新書 2023年

難解な大江の小説を読んだのは僅かに数冊。それも途中で投げ出したことも。後は随筆を数編程度。本書は身辺雑事と交友関係を振り返りつつ、自己省察の随筆であろうか。障害を持つ息子へそそぐ温かい目は、冷徹な小説とは違う大江を見せてくれる。仏文の恩師との関係もまた、柔らかな感受性が漂う。

浜矩子「人が働くのはお金のためか」青春新書 2023年

マクロ経済、国際経済を専門とし、忖度なき発言で知られる著者が語る若者への労働観入門書。就活サイトや就活本の浅薄さと、資本の側への傾斜に鋭い批判を展開している。社会貢献とか働きがいなど口当たりの良い言葉の陰で、低賃金の過重労働を暴露する視点は確か。経済学の二大巨頭アダム・スミスとマルクスへの敬意を隠さないのは流石。


【師走雑感】

▼ ガザの惨状は誰が見てもイスラエルによるジェノサイドです。圧倒的な軍事力で侵入し、街を破壊し無辜の民を殺戮する、これを虐殺と言わずして何と言うのだろう。なぜこうした蛮行ができるのか、不思議でしょうがない。迫害の民であったユダヤ人が何故思いやりを失っているのか。「絶対的被害者」という概念を、あるコラムで知った。それは我々は古代のバビロン捕囚、先の大戦中のナチスの暴虐など絶対的な被害者なのだという強い意識が刷り込まれ、一切の批判や非難を受け入れない体質なのでないかという。頷ける。アメリカは強力にイスラエルを支えている。

再びトッドに登場してもらおう。

ニューイングランドを築いた植民者たちは、彼らにとって文字通り聖なる所だった旧約聖書を携えて大西洋を渡った。彼らはヨーロッパのカルヴァン主義者以上に、ユダヤの民に自らを投影することができた。まさに「約束の地」に定着しつつあり、その「約束の地」を現地の異教徒たちから、つまりインディアンたちから奪い取らなければならないのだった。彼らはすべての行動において古代のイスラエルの民の歴史を再現すべく務めた。

エマニュエル・トッド「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」上巻 p.332

なるほどこういうことか。宗教心が背景にあり、政界におけるユダヤロビーの公然隠然たる影響力があると考えられる。

▼ ウクライナ戦争も停戦の兆しがない。何故大国、関係国は本気で動こうとしないのだろう。国民は傷つき国土は荒廃し経済は停滞している。ロシアとて無傷ではない。人心の離反もあるのだろう。どこかで手を打つべき時だと思うのだが、どうだろう。プーチンは悪だが、ぜレンスキー必ずしも善とは言い切れない。

▼ DVDで「パリは燃えているか」を観た。あの街が戦火に晒されなくてよかった。映画と史実は違うにしても、街を守ろうとした市民の抵抗、連合国側の進軍があり、ヒトラーの命令に背いて爆破を思いとどまったドイツ軍指揮官の葛藤など、政治的な面も含めて複雑な要素が絡み合っていたのかもしれない。ジャン=ポール・ベルモント、アラン・ドロン、カーク・ダグラスなどが出ていた。ドイツに占領されていたいたフランスが、戦後戦勝国になっている。それにはフランス抵抗軍のパリ解放もあったのだろうか。

▼ 日大はまたも醜態。経緯は報道以外に知る由もない。理事長に推戴され林真理子には気の毒の思いがある。その理由の一、彼女は作家として才を発揮している。しかしながら団体、企業などの運営に参画し組織運営の実務を習得していないこと。特に日大の様な巨大組織においておや。その二、日大は昔から株式会社日本大学と揶揄されてきた面があり、教育機関としての実質に軽視の評価があること。第三に前田中理事長時代により強固になった体育会的体質は色濃く、メスを入れるのは容易でないこと。等々挙げられる。加えて林が単身乗り込んでも手足になるスタッフがいなくて、周囲は既成の体制が牢固であり、情報と伝達に困難さがあろう。意思決定の仕組みも不分明。他大学も同様だがスポーツによって知名度を上げ、経営に反映させる流れがある。学生スポーツの在り方が問われる。

▼ 12月8日は太平戦争開戦の日。歴史修正主義の声が大きくなり、右派論者が跋扈している。戦争体験者が年々去ってゆくのに反比例して戦争賛美、軍備増強の動きが露骨になっていることを憂える。折しも、アベ派をはじめ自民党の政治資金不正が暴露されている。戦後のほとんどを権力者としてふるまってきた自民党に、自浄は期待できるのだろうか。


☆徘徊老人日誌☆

11月某日 散歩がてら坂戸中央図書館へ、2冊返却。坂戸駅前郵便局に寄り、福島子ども基金に振り込む、貧者の一灯。帰途近くの公園の銀杏に見とれる。歩数約1万歩。

12月某日 ふじみ野駅へ、富士見市勤務時代の友人と語る。彼は同年代で年に2度ほど会う。役所勤務は長く要職をこなしてきた。知的な人物でバイアスのかかった眼で見られがちな社会教育部門へも、理解をしていた。蕎麦屋で昼食、喫茶店でコーヒーを楽しみつつ、役所時代の話や北海道旅行、小説の話などの数時間を過ごす。

12月某日 太極拳教室の仲間と昼食会。鶴瀬駅近くのいつもの小料理屋。コロナ禍で数年前に終了したが、数十年練習を共にした懐かしさがある。私が一番年下というと分かる通り、ジイサンバアサンの集い。昼ビールの勢いもあり「大病をしないで、そこそこ元気なのは太極拳を続けてきたお陰ね」と怪気炎。進行するボケに抗して、年に2回は会うことを確認し、来年の予約を店に済ませた。


気温乱高下です。健康維持には細心の注意をはらってください。どうぞお元気でお過ごしください。

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