見出し画像

「200字の書評」(333) 2022.12.25



こんにちは。

去り行く寂しさと新たな年への希望とのどちらが大きいのでしょう。もうすぐ除夜の鐘の音を聴くことになります、諸行無常を感じるのでしょうか。それとも「エイヤー 心を強く持つぞ!」と希望の方に錘を傾けるか、透き通った夜空から舞い落ちる白い雪を想像しつつ、己を見つめたいものです。

庭の蝋梅の蕾が膨らんできました。寒風にかすかに香る蝋梅の季節はもうすぐです。水仙もそうですが、黄色の花は春を告げてくれるのでしょうか。

さて、今年最後の書評は若き経済学者を取り上げます。




斎藤幸平「ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた」KADOKAWA  2022年

難解な資本論と格闘し、後期マルクスの迷路に踏み込んだ学究は、現実社会で何を見たのか。自転車で食事配達、林業の再興に取り組むワーカーズコープの実践、食文化とジビエなどから刺激を受ける。家庭ではこどもの性教育、脱プラ生活を試みる。石巻の被災者、水俣、アイヌ奨学生の課題に向き合い、埋もれた伝統や文化の再構築と、学び直しによるコモンの可能性の確信に至る過程は誠実である。経済学者の面目躍如である。




【師走雑感】


▼ 寒さに縮こまっています。さらに身も凍る報道がなされました。キシダ政権は日本を戦争のできる国に導こうとしています。すでにご承知のように、敵国を攻撃できる兵器を導入する、国防方針の転換が行われます。大規模軍拡です。専守防衛を国是とし、戦争放棄した憲法を順守(曲りなりに)してきた平和国家だったはずです。中国、ロシア、北朝鮮を名指ししての方針転換は、敵対を公言したことになります。危険を自ら招くのでしょうか。アメリカの従属国として武器を爆買いし、鉄砲玉の役割を果たすつもりとしか思えません。私の母は東京大空襲の被災者です。生前「アベさんはわかっていない。戦争は沢山だ。すべてを失った私達には何の補償もない」と語っていました。もし今のキシダの話を聞いたらきっと同じことを言う筈です。泣くのは一般の国民です。教育、福祉、医療などこそ国防です。


▼ 富士山の白さが際立っています。散歩の道すがらいつも思うのですが、ものすごく大きく見える時と、それほどでもない時があります。比較対象物(住宅、高圧線の鉄塔など)が視界に入ると大きく、富士山単体だと小振りに見えるのです。沈みつつある夕日が巨大化するのに通じる現象なのかもしれません。


▼ 豪雪により新潟県では立ち往生、大渋滞が発生しました。中には3日間も車中に閉じ込められた運転手もいたそうです。物流は滞り、スーパーやコンビニでは食品が届かず生活に支障をきたしています。加えて停電も。照明、炊事、暖房など寒気のさ中不便極まりない状況です。昔釧路にいたころ、冬到来とともに車のトランクにはスコップ、牽引用ワイヤーロープ、チェーン、脱出用具を積み込んでいました。タイヤは当時スパイクタイヤでした。それでも吹雪の怖さは格別でした。


▼ 冬至とともに大寒波が押し寄せてきました。各地で停電し生活自体が危機になっています。電気はあって当然ではないのです。オール電化の落とし穴です。ロシアのインフラ攻撃にさらされ照明、暖房を喪ったウクライナ市民の苦難を思います。平和の春の到来を願うばかりです。




<今週の本棚>


渡辺浩平「第七師団と戦争の時代 軍国日本の北の記憶」白水社 2021年

動物園で人気の旭川は戦前軍都でした。屯田兵由来の第7師団は対ソ戦をにらむ部隊でした。南方や満洲に送られ甚大な戦死者を出しました。樺太に侵攻してきたソ連軍と最後に戦ったのもこの部隊。北海道「開拓」と戦前日本の歴史を北で具象化したのです。


高橋和夫監修「地図でスッと頭に入る中東&イスラム30の国と地域」昭文社 2022年

わかりにくいイスラム教と中東世界を解説してくれています。地図を得意分野とする出版社らしく、絵と解説が堂に入っています。


白井聡/望月衣塑子「日本解体論」朝日新書 2022年

日本はどこまで迷走するのか。テレビ新聞では触れられない深いところまで語り合う。二人の対話は快刀乱麻を断つがごとし。実に痛快。




★徘徊老人日誌 今年の3冊★


12月某日 自分で本を買い込み、図書館を活用し、読書仲間から借用、沢山の本を抱え込みました。加齢とともに、集中力、読解力が低下して著者の真意を読み取れないこと、意味を深めきれないことなども多々あります。それでも手元に本が無いと落ち着かない、これは業としか言いようがありません。視力が確かで頭がしっかりしている若いころに、もっときっちり読んでおけばよかったと振り返る老人です。本の山の高みに挑もうとして細い一筋の道をたどる時、その道しるべになるのは先達たちの書評です。随分学ばされました。それに遠く及ばぬことは重々承知ながら拙文を連ねてきました。
今年書評として紹介した24冊の中から3冊を選んでみました。選択は8冊までは絞りましたが、3冊は悩みでした。


モリー・グブティル・マニング「戦地の図書館」東京創元社 2020年

銃弾飛び交う前線にまで本を届ける。本を求める兵士たち、上層部を説得し、出版関係と調整し戦地向けの本を選び作成し、万難を排して届ける。こんな国と戦争をしていたのか、民度と文化の違いに驚く。


牟田都子「文にあたる」亜紀書房 2022年

校正の役割を教えられた。執筆者と丁々発止とやり合う姿に、頼もしさを感じる。


平山周吉「満洲国グランドホテル」芸術新聞社 2022年

満洲とは我が国にとって何だったのだろうか、日本の合わせ鏡としてとらえられる。この地で活躍し、或いは暗躍した人物像から何が読み取れるのか。その人脈は現代日本にも息づいていて、隠然たる影響力を残している。


12月某日 驚愕のニュースを目にしました。原発政策を大転換して、既存原発は60年を超えても運転する。新規建設を推進するとのこと。あの3.11の反省は何処へ行ったのでしょう。福島のみならず数百万の国民に恐怖と苦難をもたらし、膨大な経費を費消しても廃炉のめどさえ立たぬこの現実と向き合ったのでしょうか。キシダ政権は国民本位の政治とは対極にあり、アベ路線の忠実な継承者いやそれ以上に危ない政権です。




★続徘徊老人日誌 課題図書★


読書仲間であり、優れた選書眼から兄事している友人より提起されました。「瀬島龍三をどう思う?」と。そして以下の3冊の本が送られてきました。

  • 保阪正康「瀬島龍三 参謀の昭和史」文春文庫 1991年

  • 共同通信社社会部「沈黙のファイル」共同通信社 1996年

  • 助川俊二「ノブレスオブリージュ・瀬島龍三の大罪」編集工房朔 2022年

これが課題になり自分なりに解釈をしなければと、続けて読むと同時に、本棚から以前読んだはずの本を引っ張り出して、あちこち確かめました。

皆さんは瀬島龍三という人物を御存知ですか。戦前の陸軍軍人で陸軍大学を卒業したエリート。大本営参謀、関東軍参謀を歴任し、ソ連によってシベリア抑留を経験、帰国後に伊藤忠商事に就職して戦闘機商戦で頭角を表して会長に上り詰める。中曽根首相に認められて、第二臨調と行革審を牛耳って隠然たる存在となる。まさに華麗な経歴です。でも数々の疑惑がついて回り、随所に隠された行状があると言われています。
その一つは満洲に侵攻したソ連軍との停戦交渉でシベリア抑留の密約があったのではないか。60万人に及ぶ兵士や民間人がシベリアに連行され過酷な労働を課され、5万人以上が死亡しました。瀬島自身東京裁判でソ連側証人として出廷していることから、ソ連とは取引があったのではないか。こうした一連の経緯が伏せられていて沈黙を続け、作為のある話をその場その場でしているのではないか。また、大本営作戦参謀として現地からの情報を無視した作戦指導によって、南方では膨大な死者を出した責任があるのでは。さらに戦後の短期間に実力者となった裏には何があったのか。戦闘機商戦での不透明な行動は?などなど疑惑は深く大きい。それらの疑問に沈黙と巧みな回答のすり替えで応じています。

昭和史研究家の保阪正康は瀬島について次のように評しています。

これはなにも瀬島だけにいえることではなく、省部の幕僚たちにも通じているのだが、「都合の悪いことは決して口にしない」「自らの意見は常に他人の意見をかたり、本音はいわない」「ある事実を語ることで『全体像』と理解させる」「相手の知識量、情報量に合わせて自説を語る」といった特徴を持っている。

「昭和の怪物 七つの謎」講談社現代新書 p.205
 ※省部とは陸軍省と参謀本部のこと


私は、そもそも歩んできた道筋からは自ずから身を律するべきで世間に出張らず、誠実に対応すべきだと思います。昭和史を俯瞰する上での、典型的な黒歴史の体現者であり、現代の権力者たちにも通ずる無定見であると思います。士官学校陸軍大学などでは軍事技術と精神教育が主体で、広い教養とは無縁で偏頗で狭量な人格が形成されるのかもしれません。不利な客観的情報は握り潰し、戦地の兵士には機上の作戦を指示して犠牲を強いる。兵の損耗はあくまで数字でしかない。哲学とは無縁な、自己保身と自己顕示に満ちた人物像が浮かびます。丸山眞男が解明した帝国日本の「無責任の体系」を体現しています。その体質は権力者に忖度し、統計偽装、公文書改竄などに罪悪感の希薄な現代の高級官僚に通じています。




一年間お付き合いくださりありがとうございました。読み込み不足、表現の稚拙さなどは多々あったろうと思います。

2月のロシアによるウクライナ侵略は平和の脆さが心に突き刺さりました。コロナ禍の収まりの悪さ、円安による物価高騰と金融危機、政治の劣化、相次ぐ社会不安など安全な国日本のイメージは大きく後退しました。一方ではそれに抗して声を上げ、自己を主張する動きも活発化しています。国民自身の自己形成と意識的な行動が求められます。主権者としての自覚が求められそうです。

時の流れの速さを嘆く時、いつも思います陶淵明の「盛年重ねて来らず 一日再び晨なり難し 時に及んで当に勉励すべし 歳月人を待たず」と。自戒の年末です。
佳き卯年となるよう願っております。  


いいなと思ったら応援しよう!