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「200字の書評」(339) 2023.3.25



こんにちは。

春爛漫、彩り豊かな季節を迎えました。花々が一斉に存在を主張しています。散歩の道すがら、道端の黄色の水仙すらりとした立藤ピンクのサクラソウ、目を上げると白のコブシなどに心が和みます。桜も満開間近、青空に染みるような染井吉野の艶姿を眺めながらの花見で一杯の楽しみが展開されるのでしょうが、雨空の週末です。今年は残念ながら私の好きな福寿草にはお目にかかれません、鈴蘭の芽とも出会っていません。少し悲しみがあります。

さて、今回の書評は美術界の暗闇についてです。




猪谷千香「ギャラリーストーカー―美術業界を蝕む女性差別と性被害」中央公論新社 2023年

華麗で高尚な美術界、そこは腐臭に満ちた醜悪な世界でもあった。新進の女性作家へのつき纏い、高名な評論家や有名美術館のキュレーターらは専門誌への寄稿や展覧会の企画を餌に、放埓な要求を繰り返す。狭い世界故に人脈がものをいう。それは美大受験から始まり、大学教員のジェンダーバランスの不均衡は女性差別の象徴となっている。まるで体育会的な上下関係と、徒弟制度に驚かされる。著者の憤りの深さと嘆きが伝わってくる。




【弥生雑感】


▼ WBC決勝戦は接戦の末日本勢の優勝で幕を閉じました。最終回1点差2死フルカウント、まるで筋書きがあったかのような両雄の対決、トラウトの本気と大谷の鬼気迫る投球には見入ってしまいました。もしもあの瞬間球場が静寂に包まれていたら、投じられたボールが空気を切り裂く音と、バットを振り切る音が聞こえたのかもしれません。選手、監督、スタッフの奮闘に拍手を送り、喜びを分かち合いたいと思います。


▼ でも、と天邪鬼は思うのです。主催者は米大リーグ、利益の5割は彼らの取り分、利益はシッカリ。計算高い連中は日米決戦を演出したのでは。もう一つの視点、野球の陰で重大な幾つかが見過ごされてはいなかったのでしょうか。例えば袴田事件です。否認のまま死刑囚として50数年を過ごし、再審の決定をずるずると引き延ばされてきました。先日東京高裁は再審開始の判決を下し、検察側は特別抗告を断念しました。再審が決定したのです。高裁は捜査側による証拠捏造さえ指摘しています。つまり冤罪だと言っているのです。警察検察の責任は重大で犯罪的な行為だと言わざるを得ません。検察のメンツや権威保持、自己保身のために再審を引き延ばしてきた事実は許し難いことです。権力犯罪そのもの、検察の存在と権限を見直す契機にすべきです。権力は抑制的であるべきです。


▼ さらにもう一つ、大江健三郎が死去しました。ノーベル賞作家であり、戦後の文学界に巨大な足跡を印し、社会的発言も積極的でした。憲法擁護の9条の会、反原発集会の呼びかけ人にも名を連ねています。彼に関する特集をメディアは組むべきでした。


▼ 大江健三郎についての思い出です。1960年代後半学生の頃彼は注目を浴びるようになっていました。氏の名前から「ダイケン」などと呼んでいて、傾倒していた友人から厚い著作を借りて挑戦しました。確か「芽むしり仔撃ち」だったはずです。あまりに長く、難解で途中で投げ出してしまいました。当時のワカゾノ君の読書力では読み切れなかったのです(現在でも)。結局短編を数編読んでお茶を濁した、苦い思い出です。籠められた世界観とボリューム感に圧倒されたのでしょう。




<今週の本棚>


中島岳志「テロルの原点―安田善次郎暗殺事件―」新潮文庫 2023年

大正期から昭和前期にかけて政治経済が不安定になり、社会不安と思想的混迷が深まる。著者はこの混迷に惑い人生の行方を見失う青年を「煩悶青年」として注視し、研究課題としている。1921年(大正10年)9月28日一代で財を成した安田財閥の総帥安田善次郎は刺殺される。暗殺犯朝日平吾は承認欲求が満たされず疎外感を抱えていた。それが何故暗殺に走ったのか、その思想と行動を丹念に追う。


笠井雅直「国産航空機の歴史―零戦・隼からYS-一一まで」吉川弘文館 2022年

航空機の歴史は軍事的要請によって研究と開発が進められてきた。欧米諸国に伍していくために軍事力強化の一環として、技術が導入され国産化への道をひた走る。戦後も流れは同じく、主に米国との関係は深まる。最近の民間向け三菱ジェットの失敗に見られるとおり、潜在的な技術力の不足は顕著である。




★徘徊老人日誌★


3月某日 友人と電話で話をしていました。彼曰く「知人からの電話で、今野球を観ているか?」と尋ねられ「観ていない」と答えたら「観ないのは非国民だ」と揶揄されたと。あまり真面目にテレビにかじりついていない私も「非国民」かな、と思いました。もちろん親しきこその冗談でしょう。でも何か熱狂しやすく、付和雷同型の国民性を示してはいないのか、心配になります。多数派とは一線を画し、時の権力に批判的な側を「反日」などとレッテルを張り、排除したがる傾向に通じるのではないか。気になりました。


3月某日 恩師の墓参りに出かけました。長く大学の教壇に立ち、旧制高校の雰囲気を伝える思索の深さと広い教養の持ち主でした。手を合わせた後、町内のカタクリと二輪草の群生地へ向かいました。地元の方が丹精してくれています。二輪草はまだでしたが、カタクリは半日陰の山裾に可憐な花を開いています。例年よりもやや小さな花でした。


3月某日 近くの墓場沿いの桜並木が満開になっています。例年より早く咲き誇っています。かなりの老木なので衰えなければ良いが、と思いつつ眺めています。咲くのが早いと盛りが過ぎるのも駆け足できます。在原業平は伊勢物語で「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」と詠みました。むかし古典の授業で習ったような気がします。その名に所縁の地が都内にあります。墨田区業平です。業平橋があり東武鉄道の駅名「業平橋」になっていましたが、スカイツリー駅に変えられてしまいました。無粋ですね、商魂の前には古典的歌人も形無しです。


3月某日 ウクライナにキシダが電撃訪問。どうしても行きたかったのでしょう。平和への橋渡しなら評価しますが?その頃モスクワには習近平が、アメリカでは野球の日米決戦が展開されていて、キシダの影は薄いこと。なんとかウクライナ国民に平和をプレゼントできないものなのか。


3月某日 タイヤ交換。スタッドレスを夏タイヤにしました。埼玉では冬タイヤはほぼ無用なのだが、習慣的に換えてしまう。




降りしきる無情の雨、満開の桜は儚げに西施の面影を映すのでしょうか。染井吉野は華やかすぎるかもしれません。暫し花を楽しみましょう。 コロナは下火に(多分)なっている様子、でも注意は怠ってはいけません。花粉も要注意です。どうぞお元気でお過ごしください。


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