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「200字の書評」(345) 2023.6.25


こんにちは。

真夏日と晩春が交互にやってきています。服装に迷う今日この頃です。いつもの散歩道、堤防沿いの小道を歩いていると、稲がすくすくと育っているのを感じます。ついこの間まで水面から辛うじて顔を出していた苗が、力強く伸びています。植物は文字通り地に足をつけて、いや大地に深く根を伸ばしているのでしょう。梅雨空は重苦しいけれど、雨上がりの草木の鮮烈な緑が目に沁みます。

さて、今回の書評は社会人として欠かせぬものながら、曖昧な知識しか持たぬ者への法律入門です。


瀬木比呂志「わが身を守る法律知識」講談社現代新書 2023年

情や好意から成した行為が結果的に自分に不利に働くことがある。元裁判官故に裁判所の限界と裁判官の思考法を熟知する著者は、法的感覚とリーガルマインドの必要性を強調する。日常生活における様々なトラブル、不動産を巡る対立、相続の諸問題などに加え交通事故や、時には痴漢の冤罪などに巻き込まれる可能性は低くはないはず。法律に精通していたり、弁護士が常駐しているわけではない。予防法学の必要性を説く所以である。


【水無月雑感】

▼ マイナカードに関するトラブルが拡大している。そもそも個人情報を丸抱えにしようとする政府の姿勢が問題なのだ。本当に国民生活に資するものなら、じっくりと国民に説明して理解を深め、システム構築も着実に進めるべき。それを飴と鞭で取得を煽り、現場の自治体や健保組合共済組合などに過度の負担をかけ、医療機関にはいらぬ出費とトラブルを誘発させている。どう考えても愚策としか思えない。以前の住基カード騒動から学んではいないのか。結果的に一部のIT企業を潤し官僚の天下り先を確保しただけではないのだろうか。

▼ 札幌高裁は4年前札幌市内でのアベ演説に対して抗議の声を上げたところ、道警によって排除された。これを不当として男女各1名は北海道に損害賠償を求めた裁判で、高裁は1審の地裁判決を取り消し男性側には請求を認めない判断をした。女性側には1審判決を維持した。どうも腑に落ちない。書評で取り上げた瀬木比呂志氏は自分の経験から、行政側への厳しい判断を躊躇する傾向が裁判所にはあり、また刑事系裁判官は特に検察に同調しがちであると語っている。法と証拠にのみ忠実であるべき裁判官に特定の傾向があるとするなら、それはまさに「法匪」である。

▼ 世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数、わが日本は世界146か国中125位。イヤハヤ‼もはや先進国の仮面は外れ、戦前回帰。政治の右傾化が顕著ならば、ジェンダーギャップは既に明治憲法下の戦前に戻っている。


<今週の本棚>

平野啓一郎「三島由紀夫論」新潮社 2023年

厚さ4cm、700頁に及ばんとする大著に挑んだのは、偉才平野が異彩を放つ三島をどう解剖するのかが知りたかった故。1970年自衛隊にクーデターを呼び掛けて果たさず、割腹自殺を遂げたニュースは世間を震撼させた。私は当時新任の社会教育職員であり、担当していた青年学級の若者に語る言葉を持たなかった。

それはさておき、本書は「仮面の告白」「金閣寺」「英霊の声」そして「豊饒の海」の4作を緻密に読み解き、他の論考なども参照しながら、思考と心理の変遷をたどる。「金閣寺」に衝撃を受け作家への道を歩むようになった平野は、一定の批判と距離感はあるものの三島への敬意を隠さない。三島は兵隊検査ではねられた肉体的コンプレックスと同年代の兵士が死んでいったことへの負い目、それ故の死への憧憬を否定できなかった。また、性的指向の違和感を持ち続けていた。晩年は右派思想に拘泥しマッチョ思想も相まって軍隊への期待感を昂じさせる。根底には神秘的天皇、文化的天皇など天皇への崇拝があり、自分の滅びとしての天皇に美学的陶酔を覚えたのではないだろうか。

行きつ戻りつようやく辛うじて最終ページまでたどり着いたが、理解には程遠く重すぎる一作であった。平野は最終章結論を「三島由紀夫の実存の根底には、幾重にも折り重なった疎外感があった」との一節から始める。これが言うために、大著に取り組んだのではないか。直感的にそう思った。私は三島作品には「金閣寺」と随筆程度しか接しておらず、思想的にも遠い人物である。ただ、煌びやかな文体と衒学的な怪しげな魅力は感じられる。どなたか、読んだ方のご意見を賜りたい。

門井慶喜「文豪、社長になる」文芸春秋 2023年

菊池寛は言わずと知れた文藝春秋の創立者にして、芥川賞直木賞の創設者。自身文筆家として優れた才能を持ちながら、むしろ出版業界の大立者としての道を歩む。どの業界でもアルアルなのは、才能は抜群ながら身勝手さと押しの強さを持ち、多少の挫折は意に介さない性格であろう。


★徘徊老人日誌★

6月某日 古巣である富士見市の日中友好協会の講演会に出席した。テーマは「満蒙開拓の真実」。旧満州での日本の振る舞いと軍の暴戻、その結果としての日本人移民の苦難と犠牲。現地に残らざるを得なかった日本人妻や残留児童たちの運命を、その末裔であることを知った孫が語る真実に向き合った。国策に踊らされた民衆には過酷な運命が待ち受けていた。推進した政治家、専横を極めた軍人、利益を得た財閥、これらの輩に天誅は下らぬのだろうか。国民は賢くあるべきで、騙されぬ才覚を持ちたいものだが再びその門が開いていく。

6月某日 朝の散歩で出会うのは、ほぼ同じ顔ぶれのようになっている。同じ時間帯、お気に入りのコースならそうなるのは自然の成り行きであろう。こちらが思うのと同じことを先方も感じているに違いない。何となく親近感を感じて「おはようございます」とあいさつを交わす人もあれば、一切の接触を嫌ってそっぽを向いて歩き去る人もいる。犬を散歩させているのか、犬に引っ張ってもらっているのかわからぬ人も見かける。人さまざま、小さな小さな社会の出来事なのかもしれない。

6月某日 例のタイタニック号の見物を試みた潜水艇が行方を絶ったと報じられ、ついに船体の残骸が発見され乗り組んだ5人は絶望とのこと。光の届かぬ深海は未知の世界であり、地上人にとっては宇宙よりも謎の世界だという。ドラマチックでロマンの香り漂う冒険は魅力的である。それは生命の危険と背中合わせであることに、どこかでつながっているのかもしれない。この潜水艇は国際的な検査機構の認証を受けてはいない。観光ツアーとして適格であったのだろうか。冒険や探検は時として貴重な知見をもたらし、科学の発展につながる新発見も期待できる。しかし、冒険が金持ちの道楽であってはならないと思う。

6月23日 沖縄慰霊の日。1960年のこの日、新日米安保条約が発効した。これが今日の日本に何をもたらしているのか、忘れてはならない日である。重低音を響かせて低空を飛ぶオスプレイを見上げて考えさせられた。


暑さが戻ってきました。引っ張り出して着用した長袖を、再びしまい込まねばならない気温と湿度です。どうぞ健康に注意してこの時季を乗り切ってください。  

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