「200字の書評」(316) 2022.4.10
おはようございます。お変わりありませんか。
桜前線は北へ北へと向かい春爛漫です。でも、心は晴れません。ウクライナでの戦乱は凄惨な事態が報じられ、衝撃と共に暗澹たる気持ちになってしまいます。平和と平穏な生活の如何に脆いものか、それを守る意思と行動が求められます。国際社会は、いや私たち一人ひとりは何ができるか、何をすべきかが問われているように感じます。
暗い気持ちがかきたてられるばかりの新聞で、嬉しい記事と写真がありました。一人の通信高校生が卒業証書を手に微笑んでいます。その高校生は93歳、国民学校卒業後に秋田より上京し就職、東京大空襲にも遭遇する。引退後に若いころにできなかった勉強をしようと、通信制中学を経て新宿山吹高校に進学した。さらに放送大学に進もうと希望を持っているとのこと。通信制ながら毎週学校を訪れ疑問点は聞いて回り、ラジオ講座も聞くほど。学びへのあくなき意欲と知的渇望には圧倒されます。教育の持つ力と学ぶ意欲の深さを、改めて教えられました。恵まれた環境にあったはずなのに、怠惰さを強く指弾されているように感じます。
さて、今回の書評は日本の美を感じてみました。私は著者のラジオでの解説が好きです。
橋本麻里「かざる日本」岩波書店 2021年
美術展の解説や芸術評論は難解なものが多い。著者のそれは平易な言葉と、響きで親しみが持てる。本書は日常的に目にし使われる日本的美を、独特の視点で語っている。多岐にわたるのだが、興味を惹かれたのは「香り」と「音」についての考察である。共に見えず五感を研ぎ澄ませて、はじめてその深みに触れることができる。それぞれの美には、それを守り、形成する人の要素があることも教えてくれる。ふと触れる美を大切にしたい。
【卯月雑感】
▼ また訃報です。「突破者」「きつね目の男」宮崎学が世を去りました。実家は京都のやくざ、早大に進み1960年代の学生運動に邁進し武闘派。東大闘争では共産党系のゲバルト部隊を率いて名をあげました。彼は法学部で、教育学部の私はひょんなことから知り合い、何度か言葉を交わしました。なかなか存在感がありました。その後は共産党を離れ、反権力を貫き正義感のある悪党的な立ち位置だったと思います。卒業後は会ったことはありませんが、学生時代の想い出の一コマです。昭和がまた遠くなりました。
▼ ウクライナでの戦闘は停戦のめどが立ちません。市民の犠牲者は増大し、国外避難民も膨大な数です。近隣国では積極的に避難民を受け入れ、人道的な配慮をしていますが、経済的には困難が増しています。欧州最貧国とされるモルドバは、人口の一割以上の避難民を受け入れているそうです。せめてもの応援にと大使館あてにカンパを送りました。日本は政府専用機で避難希望者を連れ帰ったと喧伝をしています。数は何と20人。大型の専用機は2機で運用されます。その気になれば100人単位で避難させられたはず。お粗末です。ウクライナ避難民への格別な配慮は当然です。生活や学校など、受け入れ体制を早急に整備すべきです。同時にミャンマーやアフガン、シリア、イラクなどアジア各地からの難民に対する冷淡な態度は改めるべきです。
▼ 8日夜岸田首相は記者会見し、ロシアへの追加制裁を公表しました。ロシア外交官の国外追放も含まれます。外交官の身分で暗躍する情報機関員がほとんどなのでしょう。侵略者への強い抗議の姿勢には賛成です。翻って考えるべきは、日本の立ち位置です。米国に付和雷同せず、独自の国益をいかに図るのかが大切です。ロシアはすぐ目の前に存在する軍事大国であり、資源大国でもあります。アベ式の御追従は恥ですが、ここで問われるのは外交力というか外交術ではないかと感じます。力の行使ではなく、巧みな交渉力も求められそうです。
<今週の本棚>
辻隆太朗「世界の陰謀論を読み解く―ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ」講談社現代新書 2012年
何かよくわからないが怪しげな事態がある、本来あり得ないはずのことが発生する、常識では説明しがたいことを教えられるなど、こうしたことにピタリとはまり、何となく納得してしまうのが陰謀論である。ユダヤ人の陰謀、見えない政府、フリーメイソンなどの秘密結社、いずれも陰謀論の定番である。本書は歴史的経緯と文献を渉猟して陰謀論の本質を解明しようとする。繰り返しが多く、やや冗漫ではあるが面白い。
木村幹「韓国愛憎―激変する隣国と私の30年」中公新書 2022年
著者は韓国政治の研究者、日韓関係の背後に盤踞する困難を実感する。戦後復興から経済大国になりあがった日本と、他のアジア諸国との間には決定的な国力の差があった。近年中国が大発展して日本の2倍以上の経済規模を誇り、また韓国も日本に拮抗する力量を示している。これに比例するように反韓嫌中意識が高まった。もはや兄貴分としての鷹揚さは示し得なくなったことの反映であろう。著者の視野の広さと誠実な姿勢は好ましい。
コロナ禍は拡大の傾向、第7波ではないかともいわれています。新年度は内憂外患、課題を伴って始まりました。心身の健康を保ち、しなやかに生き生きと暮らしていきましょう。