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2で割り切れない世界の住人Aとして

嘘か誠、そのどちらかにこの世のすべてを分類できたなら。
全ての人間が、全くの善人だったなら
全ての人間が、全くの悪人だったなら。
せかいの出来事全ての根幹に、愛があったなら
せかいの出来事全ての根幹に、憎しみがあったなら。
子どもがいつか、完全な大人になれたなら。
白と黒のあいだに、グレーがなかったならば。
すべて、すべてを割り切って生きてゆけたなら、
どれだけ楽に生きられただろう。

けれど現実は、ちがう。
嘘のなかには、小さな真実が織り込まれている。
嘘のなかの真実が、嘘を洗練させ、まことに仕立て上げる。
人は善のみに則して生きられず、ときに善とは何かを見失う。
人は悪のみにしたがって生きられず、心のうちにある良心に人はいつも囚われる。
愛を欲するあまり、憎しみを抱き、
憎しみの奥底には、歪んでしまった愛があったりする。
子どもは大人になれず、「大人」の顔をして自分のなかの子どもをあやしている。
黒と白の間には何層にもなるグレーがあって、私たちはいつもその間を行き来している。
真っ白にならない苦しさと、真っ黒になれないことへの安堵と。

思い通りにならない世の中が憎い。
だけれど、思い通りにならない世の中が同じくらい愛しい。
思い通りに生きられない自分が憎い。
思い通りに生きられない自分が、こんなにも愛しい。
可哀そうで、可愛い。

私のことを、私は知らない。
あなたのことも、解らない。残念だけれど。
この世界の何ひとつ、私は分かっていない。
そしてきっとこれからも分からない。
それは、途方もないことで、
どうしようもなく寂しいことだ。苦しいことだ。
けれど、分からなくてよかったと心底思えるときがある。
知りすぎてしまうことは、時に辛いことなのだ。
この理不尽で、滑稽で、愉快で、ドラマティックな世界を生きるには。
悲劇を喜劇に変えていけるだろうか。
今日という日を抱きしめるように生きること、
それだけが、今必要なことだと思う。





















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