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集落で起きた殺人事件を追ったノンフィクション『つけびの村』

集落で起きた殺人事件を追ったノンフィクション『つけびの村』

高橋ユキ『つけびの村――噂が5人を殺したのか?』晶文社、2019年

「つけびの村」とは?noteで連載されていたのでご存知の方も多いと思いますが、ライターの高橋ユキさんが、山口県で起きた放火殺人事件を丹念に取材したノンフィクションです。12人しか住んでいない集落で5人が殺害された事件。犯人は捕まるも、釈然としない点が多く、著者は雑誌の依頼を受け調査を始めます。サブタイトルにあるように、村では「う

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スマホでこんなことができる――三宮麻由子『わたしのeyePhone』

スマホでこんなことができる――三宮麻由子『わたしのeyePhone』

 iPhoneは世界を変えた、と言えば多くの人が頷くでしょう。機械で人とのつながりが薄くなったとか、スマホ脳とか否定的な意見も飛び交っている。でも、技術は確かに生活を変えていく。特にアクセシビリティを。そう実感したのは三宮麻由子『わたしのeyePhone』を読んだからだ。著者は通信社で翻訳者として働いており、エッセイストでもある。そして視覚障害者だ。著者にとって、iPhoneは革命だったという。写

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さあどこへ行こう――イ・ラン『アヒル命名会議』

さあどこへ行こう――イ・ラン『アヒル命名会議』

 今いる場所で、少し世界を違う風に感じてみたくはない?帯文にある「すべてをゼロから問いなおす、13の物語」に違わず、イ・ランの短編集『アヒル命名会議』は世界を軽やかにひっくり返す。
 ゾンビのようなウイルスが広がり始めた世界で、どうするか話し合うカップルの話に始まり、神様のつくった生物を名づける会議や、映画の撮影に遅刻したばっかりに奇妙な運命をたどるエキストラの物語。ちょっととぼけたような、意表を

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ああそうか、「私」の話だった 『傲慢と善良』

ああそうか、「私」の話だった 『傲慢と善良』

 身につまされる話だった。
西澤架の婚約者・坂庭真実が失踪する。真実はストーカー被害に遭い、架の部屋に逃げてきたばかりだった。真実はストーカーに連れ去られたのではないか?真実を見つけるため、架は彼女の過去を調べ始める。

 何重にも積まれた「傲慢」。
 タイトルの通り、出てくる登場人物は皆「傲慢」さをもっている。娘の就職や結婚に干渉せずにはいられない真実の母、架がかつての恋人に抱いていた感情、そし

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現代語、侍に出会う――『パンク侍、斬られて候』

現代語、侍に出会う――『パンク侍、斬られて候』

 江戸時代のある藩。穏やかな日々のなか突然現れた男は、「腹ふり党に注意せよ」と藩のお偉方に忠告する。カルト宗教・腹ふり党の信者は、この世は条虫の腹の中であり、腹をふって馬鹿騒ぎをすることで虫に苦悶させ、糞となって脱することができると思い込んでいる。この腹ふり党のせいで人々は仕事を放棄しどんちゃん騒ぎ、各地は荒れ、飢饉が起きているとのこと。男(掛十之進)は、実は腹ふり党についてよく分かっていないのだ

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負け越し(ぐらい)を目指して――『負ける技術』

負け越し(ぐらい)を目指して――『負ける技術』

 漫画家、カレー沢薫のコラムを初めて読んだ。『負ける技術』。
まるでビジネス新書のようだが、全然違う。カレー沢氏曰く――。

 これが前書きだ。この前書きに心を掴まれた人は好きなところから読んでみよう。コラムの書籍化で、マンガの担当編集者への恨みつらみから無職時代のこと、SNS論まで豊富に載っている。

文章面白い!

 凡庸な褒め方だけれどカレー沢さんの文章はすごく面白い。比喩が巧み(たまに極端

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パラダイスはどこか―『地方にこもる若者たち』

パラダイスはどこか―『地方にこもる若者たち』

 昨年夏、「モールの想像力」という企画展を見に行った。「ショッピングモール」が若者の集う場となっていることや、文学やミュージックビデオで重要なモチーフとして度々登場していることを取り上げており、小さい展示ながらとても面白かった。

 阿部真大『地方にこもる若者たち――都会と田舎の間に出現した新しい社会』も、ショッピングモールが若者の重要な拠点となっている、という話から始まる。岡山県に住む若者を調査

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なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

なぜ分断されるのか 山内マリコ『あのこは貴族』

 読み終わったあと、「私は」と語り始めたい気持ちでいっぱいになった。「私は」に続くことばは、私はこうだった、私はこう思う。きっと多くの人が、この小説を読み終えたときに自分の経験を言葉にしたいと思うのではないだろうか。

 榛原華子と時岡美紀という、全く違う環境で育った2人の物語だ。華子は、渋谷区松濤で、親が整形外科医をしている裕福な家で育った。結婚を望み婚活をしている。物語は榛原家が帝国ホテルで迎

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「私」から始める――2023年に読んだ本

 年々、エッセイやルポタージュへの関心が高まっている。取材したものも興味深いが、自身の経験を書いたものや生活史は強い力がある。そんな本を基準に、2023年に読んだ本から何冊か選んでみた。

1 比嘉健二『特攻服少女と1825日』(小学館、2023年)

 「レディース」を取り上げた雑誌『ティーンズロード』創刊から全盛期を、雑誌を作り上げた本人が振り返る回顧録。『ティーンズロード』のことはまったく知

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読書会『緑と楯 ロングロングデイズ』

読書会『緑と楯 ロングロングデイズ』

 読書会で歌集を読んだ。雪舟えまによる短歌集『緑と楯 ロングロングデイズ』。「みどたてシリーズ」と呼ばれる、兼古緑と荻原楯という2人を主人公にしたBLシリーズの1作だ。小説もあるみたいだが、本作はもちろん全編が短歌。ほかの「みどたて」作品は読んだことがなかったものの、何も知らずに読んでみるのも面白いかと思い、この歌集だけを読んで参加した(ちなみに、この歌集はnoteのサポートで頂いたお金で買えた。

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坂本菜の花『菜の花の沖縄日記』

坂本菜の花『菜の花の沖縄日記』

 石川から、沖縄にある学校「珊瑚舎スコーレ」に進学した坂本菜の花さんの日記。先日早稲田奉仕園で「松井やよりと沖縄」という講演を聴いたことがきっかけで、沖縄について書かれた本を探していて見つけた。元は北陸中日新聞の連載らしい。高校生の日記かー、と読んでいたら、連載自体は2016~17年なので、ほぼ同い年の人だったのだ。年齢と育った環境など似ている部分がある気がして、少し親近感を抱いて読んでいた。

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「のほほん顔」に惹かれて――太宰治『走れメロス』

「のほほん顔」に惹かれて――太宰治『走れメロス』

 太宰治って人に好かれたんだなあと思った。太宰治好きですか?今でも何かと大人気だと思う。『文豪ストレイドッグス』の魅力的なキャラ始め、「太宰」「太宰」とみんな話している。

 今回読んだ新潮文庫の『走れメロス』にはメロスほか8編の短編が収録されていた。なかでも彼の人気ぶりを示すのは「帰去来」だ。「人の世話にばかりなって来ました」という一文から始まる。私生活の諸々や度重なる留年で兄とかなり仲が悪くな

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帰りたい、帰らせろ――『とにかくうちに帰ります』

帰りたい、帰らせろ――『とにかくうちに帰ります』

 この間、映画『アシスタント』のレビューを書いた。そのあとすぐに読み始めたのが津村記久子の短編集『とにかくうちに帰ります』。『アシスタント』のパンフレットには津村記久子が寄稿していて、やっぱり!と思った。それでなんとなく本書を手に取ったのだった。この短編集はまさに『アシスタント』で描かれていたような仕事の話で、なんというタイミングだと思った。

 本書には「職場の作法」「バリローチェのフアン・カル

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私だけの幸福――『孤独な夜のココア』

私だけの幸福――『孤独な夜のココア』

 さらさらと入ってくる言葉、シンプルなストーリー。でもほろ苦さに打ちのめされる。田辺聖子『孤独な夜のココア』を毎晩寝る前に読んでいた。本作は幾組もの男女、あるいは女同士を描いた短編集だ。好きな人に入れあげる同僚を醒めた目で見ていた主人公のある夜を描く「雨の降ってた残業の夜」、お金にがめつい、苦手だった同僚を回想する「ちさという女」、同じ脚本のクラスに通っていた男との関係を振り返る「石のアイツ」。一

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