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読書会『緑と楯 ロングロングデイズ』

 読書会で歌集を読んだ。雪舟えまによる短歌集『緑と楯 ロングロングデイズ』。「みどたてシリーズ」と呼ばれる、兼古緑と荻原楯という2人を主人公にしたBLシリーズの1作だ。小説もあるみたいだが、本作はもちろん全編が短歌。ほかの「みどたて」作品は読んだことがなかったものの、何も知らずに読んでみるのも面白いかと思い、この歌集だけを読んで参加した(ちなみに、この歌集はnoteのサポートで頂いたお金で買えた。ありがとうございます)。

 私が言うまでもないことだけれど、やっぱり歌人の言語感覚はすごい。本作は章立てになっており、それぞれのタイトルが魅力的なのだ。「フル・オブ・ラブ」や「俺たちフェアリーている」、あとがきの「僕はもう熱源ラッキー」といった、文法として「正しく」はなくても(ないからこそ)魅惑的な言葉の組み合わせの数々。「俺たちフェアリーている」の「ている」は「~している」の「ている」だと、読書会で参加者が読み上げるまで気がつかなかった。
 読書会でも話題に上がったこの歌集の面白い点は、緑と楯の物語だけでなく、おそらく作者が2人を「見出し」、物語を書くと決める過程までもが短歌になっているところだ。それが前半の「はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで」。この部分は、特に「推しカプ」(自分の好きなキャラクターや登場人物のカップリング)がいる人や創作をする人に響くのではないだろうか?
私は、

彼らには素敵な宇宙をあげなくちゃ私自分を大事にしなきゃ(p.60)
妄想を育てにミスド行ってきます! 雪解け街を転がれわたし(p.62)

の二首に胸をつかれた。特に前者は創作をする人の気持ちだろう。「素敵な宇宙をあげなくちゃ」の切実さと後半の「私自分を大事にしなきゃ」。そうだ、自分を大事にしなければ、二人に「素敵な宇宙」はあげられないのだ。自分の「推しカプ」のことを考えてどきっとした。この、一気に世界がくるっと変わるようなところが短歌の好きなところだ。「はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで」には雪を詠った短歌もたくさんある。私も雪国に住んでいたので、この感覚は肌で「わかる」と思いながら読んでいて嬉しかった。上の「ミスド」の一首は、ストーリーを思いついて、それを膨らませたくてたまらず駆けていく様子を詠っているのだと思った。「雪解け街」を「転がる」ように走っていく人が見える。推しカプではなかったけれど、私も小説の続きや映画のことを考えて走った気がする。

そして「はーはー姫」は、約束通り「緑と楯」に素敵な宇宙を贈る。

「ご飯食べたい」と「雪が降ってきた」が混じって ご飯降ってきました

p.142

 例えばこの歌は、相手がいるから美しくなる一首だと思う。全体から「恋してる!幸せ!」という気持ちが飛び出してくるようなわくわくする歌集だ。色気のある歌もあって、私はけっこうどきどきしながら読んでいた。他にも、【 】や☆が使われている歌があったりと視覚的にも工夫がたくさんできるものなのだなと感服した。
 読書会では、好きな短歌を言ったり短歌やBLについて聞いたりした。(私はどちらも今年から本格的に読み始めたのであんまり知識がない。短歌の世界はあまりに奥深くて、面白そうと乗り出したものの、なかなか難しい世界なのかもしれないと思った。そしてやっぱり、読書会の前後では読み方が変わる。「はーはー姫が彼女の王子たちに出会うまで」のフェミニズムや批評的側面がより際立って見えるようになった。読書会で短歌を読むのも楽しい。

 解説イラストを紀伊カンナさんが描いていた!この歌集に紀伊カンナさんの絵はぴったりだと思う。読みながら『海辺のエトランゼ』も思い出していた。

雪舟えま『緑と楯 ロングロングデイズ』短歌研究社、2022年


雪舟えま『緑と楯 ロングロングデイズ』


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