親がいなくなった時、自分は泣けるのだろうか···⑧ ( 就職 )
【 前回までのお話 】
相変わらず小雨が降り続いている。
早く梅雨が終わり、夏が来ることを世の中全体が待ちわびている。そんな季節の夕方だった。
「ブー、ブー、ブー」
大阪梅田のHEP近辺を歩いていると、ふいにポケットの中のスマホから着信音が鳴った。
「もしもし、虎吉です」
「あ、こちら◯◯の◯◯と申します。先日は最終面接に来ていただき、ありがとうございました」
思わずポケットに入れていた片方の手を出し、傘を真っ直ぐに立て直し、姿勢を正した。
「選考結果についてですが、ぜひ採用したいと思います。来ていただけますか ? 」
「え ? あ、ありがとうございます !! ぜひ働かせていただきたいと思います ! 」
電話を切った後、思わず飛び上がりそうな喜びに全身が包まれた。大学卒業後、約1年、猛勉強を重ねた末につかんだ公務員の内定の瞬間だった。
(やっと社会人になれる。やっと家を出られる。)
昂る気持ちを抑えきれず(抑えきる必要もないのだが)、ひとりカラオケに行って時間を潰した。余談だが、僕はひとりカラオケが好きだ。女性の曲ならあいみょんやZARD、男性ならbacknumberやサザンなんかが特に気に入っている。
いつか好きな歌の話も記事にしてみたい。
さて、カラオケを終えて外で大きく息を吸い込む。
これからやることは1つしかない。
身内への連絡の順番はあらかじめ決めてある。
祖父母、叔母、兄、親。この順番でかけていく。
祖父母の反応は予想通りだった。
祖父が電話口で大泣きする横で祖母が笑いながら落ち着かせようとするいつもの光景だ。こちらまでうれしさが倍になる。
特に祖父は学歴で仕事に就いた後も苦労してきただけに、感激なんてもんじゃ済まなかったんだろう。
後で聞いた話によると、祖父は「孫が公務員になったぞー」って、近所の人に何日もかけて自慢して回ったそうだ。そんな祖父が今でも大好きだ。
その後、スムーズに報告を終え、親に電話する。
事務連絡のような気持ちで連絡を入れたので電話口の向こうで大喜びする親の思いも、特に胸に響くこともなく、早めに電話を切った。
空を見上げると、真っ暗な空の雲間に差す一筋の月光が見えた。
帰宅すると、両親が拍手で出迎えた。
今日は珍しく家の雰囲気が明るい。こんな明るい家を見たのは物心ついた子どもの頃以来だろうか。
僕もこの日に限っては親にも笑顔で饒舌だった。何だか温かい。この気持ちは何だろう。
ひとしきり盛り上がった後、さっきまでと打って変わって真剣な表情をした両親が座って近づいてきた。急に何だ ?
「虎吉、あらためておめでとう。そんで、今後、家にはいくら入れてくれるんや ? 5万から10万の間で考えてくれるか ? 」
あーあ。そんなこと言っちゃうんだね〜。
急に部屋が暗く見えてきた。はっきり言う。憎しみと軽蔑の対象でしかない親に渡すお金など1円もない。老後の面倒ももし期待しているならはっきり断る。
「家にいさせてもらうお金」としては5万円以上はあまりに高額すぎる。手取り初任給はせいぜい14、5だ。僕だって自分の生活費がいるし貯金だってしたいのだ。
例えばそれを親側で取っておいて結婚した時に全部返す、というような概念はこの親には一切ない。僕がある程度大きくなるまでもらっていたお年玉合計数十万も生活費に使い切ったというのだから。
つまり、この人たちは僕の収入を「あて」にしているのである。自分たちが楽をするために。何度も言うが、「それなら助けてあげよう」と思える親では全くないのだ。
「5万から10万 ? アホなんか ? そんなに払えるわけないやろ ? 相場とかちゃんと調べてきてから言いや。悪いけど払えるお金は1円もないし、老後の面倒も見いへんてだいぶ前から決めとうから。以上」
と言って立ち去ろうとした時に、父親に胸ぐらをつかまれた。また暴力か。今日が何の日だったのか、このおっさんはもう忘れている。バカだ。クズだ。
母親も暴力を止めるどころか、「あんた、自分が何言ってるんか分かってんの !! 」とやはり掴みかかってくる。
面倒くさいから「考えとく」と言って部屋へ帰った。もうそこら中にあるありとあらゆるものを投げていた。クローゼットの中身も全て。
全員死ねばいい。就職も何もかもどうでもよく思えてきた。気がつけば発狂していた。
「死ね、殺すぞボケ、クズ、お前らなんか生きてる価値ないねん、なめとったらあかんぞコラ、二度と喋ってくんな、顔も見たないわ、いつか絶対今日のこと後悔させたるからな、何でいつもこうなんねん、何でそんな顔すんねん、何でいつも暴力やねん、何でや、何で···」
目の前に落ちてあったランドセルに涙が落ち、そこだけ黒の色がさらに濃くなった。
( 続く )
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