世にも奇妙な怖い話 【 ショートショート 】 ( 9月3日投稿記事の加筆修正版 )
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これは今から約20年も前のこと。
約20年前のその日、昔の友人と会うことになった。
「ひでさん」という年の近い友人で、もう随分前に当時流行っていたSNSで知り合ったのがきっかけだった。確か「就活に苦戦してる人」みたいなコミュニティだったと思う。
少しメッセージを交わした後に意気投合し、定期的に会うようになった仲だ。
スマホで使わなくなったアプリを整理している時ふと「そういえば」と思い、何年も開いていなかったSNSサイトをおそるおそる覗いてみた。
自分のページに進むと数十通の「初めまして」というタイトルのメッセージが届いていて驚いた。
数年単位で放置しているとこんなことになるのかと思ったがすぐに「そりゃそうか」と納得した。
メッセージの名前の欄に一通り目を通していると、見覚えのあるハンドルネームが目に止まった。
よく見るとタイトルが「初めまして」ではなく「こんにちは」になっている。名前欄に「ひで」とある。
ピンときた。
もう10年くらい会っていなかったので忘れていたが、あの時のひでさんだ。
少し迷ったが、連絡を取りたい思いが勝り、すぐにメッセージを返すとしばらくして返信が返ってきた。
「よかったらメールでやり取りしませんか ? 」
数日、メールでのやり取りが始まり、お互いの近況報告などをした。どうやらひでさんは自分なりにやりがいを感じられる仕事に就けたらしい。
苦労していた時期を知っていたので、自分ごとのようにうれしい気持ちになった。もっと話したい。
しかし会うとなると休日を充てなければならない。超がつくほどの繁忙期で連日、遅くまで働いてふらふらになって帰っているような状況だ。
毎日、夜中に家に帰り、すぐに風呂に入ると、そのまま意識を失うようにベッドに倒れ込む。
当然、休日出勤も当たり前になっていたので正直、会うことも迷っていた。それでもひでさんがどうしても会いたいというので、半日、何とか時間を捻出して会うことになった。
待ち合わせはとある都会の駅前の喫茶店。
僕は電車に遅れてしまいその旨を連絡すると、「先に店に入っておきます」と返事が来た。
何せ約10年も会っていなかったので顔を覚えている自信さえない。見つけられるか不安に思いながらも返事をし、店に着いた。
平日にもかかわらず大勢の客で広い店内の席は全て埋まっていた。その席の間をゆっくり慎重に歩き、周囲に怪しまれない程度に首を左右に振り、一人一人の顔を確かめていく。
やはり分からない。それっぽい人はいたが全く自信がなく仕方なしに電話をかけると、「入口の席に座っています」と返ってきた。
いよいよ対面だ、そう思うと緊張してきた。
入口付近へ歩いていくと、「虎吉さんですか?」と声をかけられた。
ついにこの瞬間が来た。
振り向くとすっかり白髪が増えて年齢の割には少し老け込んだ様子の「ひでさん」がいた。
「どうも、ひでです」
と立ち上がりおもむろに下げた頭のてっぺんの髪が薄くなっていた。会っていない間にひでさんも苦労をしてきたんだな。そう思うと胸に熱いものが込み上げてきた。
とりあえず2人分の軽食と食後の珈琲を頼んでようやく席に着き向かい合う。ひでさんが口を開く。
「資格の勉強は続いてるんですか?」
そういえば10年前もそんな話をしていた覚えがある。
「今は残念ながら続いていないんです」
と答えると、ひでさんは「なかなか難しいですよね」と微笑んだ。
人の笑顔というものは意外といつまでも覚えていることが多い。思い出は美化されていくから笑顔の姿だけが強く胸に印象を残し続けるのかもしれない。
ところがこの時のひでさんの笑顔を見た時、なぜか懐かしい感じがしなかった。初めてほんの少し「おや ? 」と思った。
ひでさんの笑顔はなぜか懐かしく感じなかった。
雰囲気が変わったからなのか、それとも僕の記憶が薄れすぎているからなのだろうか。
まあいい、話しているうちに共通の話題を思い出し、当時の感覚が戻ってくることだろう。
久しぶりの再会なのだ。何もそう焦ることはない。
ひでさんは椅子に深く腰掛けながら、現在の仕事の話をしてくれた。
「長らく設備関係の仕事をしていたんですが、最近はフリーランスで長年やりたかったイラストレーターの仕事をしています。大変なことも多いですけどね。」
そう話す表情には充実した日々を過ごしている自信のようなものがみなぎっていた。
なるほど、ひでさんは自分の力で道を切り開いてきたのだな。やっぱり尊敬に値する人だ。
ただ、イラスト関係の仕事に興味があるとかそうした専門学校に通っていたという話は昔していただろうか ? 途中でやりたいと思うようになったのだろうか。
「フリーランスで仕事ができるってかっこいいですよね。学生時代からそうした勉強はされていたんでしたっけ ? 」
何気なく相づちを打つふりをして探りを入れてみる。
「そうですね、あの頃は大変でした。」
あの頃って何のことだろう。そんな「あの頃」の話は当時のひでさんからは聞いたことがない。
当時のひでさんとは何でも包み隠さず話せる仲だっただけに僕の頭は混乱し始めた。
このもやもやした気持ちは何だろう。
会えばきっと積もる話で会話が膨らみ、再びお互いに懐かしさを感じることができると思っていたが、それがほとんどない。
何というか、あまり居心地がよくないのだ。
ここで初めて「もしや ? 」という言葉が脳裏にうかんできた。
いや、そんなはずはない。
当時ともにやっていたSNSでメッセージを交わし名前も「ひでさん」。僕が昔、資格の勉強をしていたことまで知っていたのだ。
何か確かめる方法はないか···。
そうだ、1つだけはっきり覚えていたことがある。
当時ひでさんは京都に住んでいた。
ひとしきり会話をした後、勇気を振り絞って私は渾身の質問をした。
「ひでさんは今はどこにお住まいなんですか ? 」
「滋賀ですよ」
「最近引っ越されたとかですか ? 」
「いや、幼い頃から生まれも育ちも滋賀で今も実家暮らしです」
「そうなんですね、滋賀もいい所ですよね。一度、住んでみたいな、なんて思ってた時期があったくらい、憧れますわ···」
「え、誰 !!??」
もしかして全然知らない人と喋っていたのか。
いやいや、さすがにそれはないだろう。
自分に必死に言い聞かせるもののそれ以外の可能性が全く思い浮かばない。
白髪の多い髪、どう見ても同い年だったひでさんより10才以上老け込んで見えた容姿、笑顔を見ても懐かしさを感じなかったこと。
え、こんなことってある··· !!?
どうりで終始しっくりこなかったわけだ。
全身に鳥肌が立った。自分は全く知らない人とメールをし、全く知らない人と喫茶店で話していたのか。何という恐ろしい話だろう。
嘘のような話だが「ひでさん違い」だったのだ。
僕が「ひでさん」と思っていた人は全くの別人だったのだ。
資格の勉強をしていたことも、言われると随分昔にひでさんと知り合った当時のSNSのプロフィール欄に一時期書いていた時があったのかもしれない。
もらったメッセージのタイトルが「初めまして」ではなく「こんにちは」となっていたことや、そのメッセージが当時知り合った時と全く同じコミュニティからのものだったことなどから、完全に本物のひでさんと思い込んでいた。こちらの一方的な勘違いだったのである。
こうなればもう社交辞令の1つでも言って逃げるしかない。急がねば !!
その時、背後で女性の声がした。
「食後の珈琲をお持ちしました」
椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。
何というタイミングの悪さ。この気まずい気持ちで今さらひでさんと何を話せというのだ。無言で舌を火傷しながら珈琲をせっせと啜る。
ただ、なぜかひでさんの珈琲がいっこうに来ないことに気づいた。店員を呼び止め、
「あの、こちらの方の珈琲はまだですか ? 」
と聞くとその店員はまるで恐ろしいものを見るかのような眼差しで目を見開き、声をひそめるように、
「えっと···、こちらには誰もおられませんが···。申し上げにくいのですがお客様、先ほどからお独り言のような声を出しておられまして、隣のテーブルのお客さまが随分と気にしておられます」
「え !? 独り言 !? 私は知り合いと話をしていたのですが、ほら、目の前にいるじゃないですか」
「誰もいらっしゃいませんが···」
店員がいったんスタッフルームに戻ったかと思うと、店長らしき男性を連れてきた。その男性が言うには僕が入ってきた時から1人だったという。
その後、さっきまでずっと笑顔で大きな独り言を繰り返していたというのだ。
全身から汗が吹き出してきた。
もちろん、これは珈琲の熱さだけではない。
珈琲を一気に飲み干すとわけもわからぬまま、
「す、すいませんでした !! 」
そう言って1万円札を置いて逃げるように店を出た。