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『カラマーゾフの兄弟』再読感想文 その10 三兄弟① 「放蕩無頼な情熱漢」(全12回)

※これから読む方々のために、なるべく物語の結末部分に触れないようにしたいと思っていますが、説明上どうしても全体の流れや途中のポイントなどネタバレしてしまうと思います。少しでもダメな方はご遠慮ください。


その10 三兄弟① 「放蕩無頼な情熱漢」

 たくさんの読者や、評論家や学者の方々まで、その魅力を語る
「カラマーゾフの兄弟」の三兄弟
 今更ですが。
 やはり私も好きなので少しだけお話したいと思います。
 難しいお話ではなく。
 あくまでも私が好きな三兄弟の魅力を。



 新潮文庫上巻裏表紙のあらすじでは。

 長男ドミートリーは「放蕩無頼な情熱漢」
 次男イワンは「冷徹な知性人」
 三男アレクセイは「敬虔な修道者」

 と、それぞれ紹介されています。

 でも。私が感じた魅力はそこではなくて。

 例えばイワン。
 実は彼、ロマンチストだと思います。それもかなり情熱的な。

 「冷徹」なのに?
 でもこれ。本人が言ってます。
(その11でお話します。)

 そして主人公アレクセイは結構リアリスト
 
 こちらも修道者なのに? ですが。
(その5でもお話しました。語り手の「わたし」にも言われています。)

 
 ではドミートリーは?

 彼の場合はどちらかというとあらすじの人物像に近いかも。
「放蕩無頼な情熱漢」に「愛情深くて一途」とか「意外と誠実」なんて言葉を付け足すといい感じです。
 彼は好きになった女性アグラフェーナに一筋ですし。盗むという行為に対して卑劣漢になりたくないなどとものすごく悩みますし。(というのはその6でお話ししました。)

 ということで。

 まずはギャップが少なめなドミートリー・フョードロウィチ・カラマーゾフ
 彼のエピソードから始めましょう。



1 なぜ童はあんなに可哀想なんだ

 このエピソード。
 ドミートリーの逸話の中で一番有名かもしれませんね。

 私も好きなエピソードです。

 中巻の終わり。
 困難な立場に追い込まれたドミートリー。
 彼は混乱し、激しく心をかき乱され。こんな夢を見ます。

 彼は「みぞれの降る中を、二頭立ての荷馬車で」(p.604)ある部落を通り過ぎます。するとその百姓家の半分くらいは消失し、大勢の百姓女たちが焼け出され立っています。女たちの腕の中では赤ん坊が泣き叫んでいます。
 貧乏で、焼け出され食べるものもなく凍えている母親と子供たち。
「何を泣いているんだい?どうして泣いているんだ?」(p.605)と彼は問いかけます。 

「教えてくれよ。なぜ焼け出された母親たちがああして立っているんだい? なぜあの人たちは貧乏なんだ。なぜ童はあんなに可哀想なんだ。なぜこんな裸の曠野があるんだ。どうしてあの女たちは抱き合って接吻を交わさないんだ。なぜ喜びの歌をうたわないんだ。なぜ不幸な災難のために、あんなにどすぐろくなってしまったんだ。なぜ童に乳をやらないんだ?」

中巻P.605~606

 彼は自分でも、この問いが気違いじみていると思いながら。

もう二度と童が泣いたりせぬよう、乳房のしなびた真っ黒けな童の母親が泣かなくてすむよう、今この瞬間からもはやだれの目にも全く涙なぞ見られぬようにするため、今すぐ何が何でも、カラマーゾフ流の強引さで、あとに延ばしたりすることなく今すぐに、みんなのために何かしてやりたくてならない。

中巻 p.606

 ぜひともそうでなくてはならないのだと。
 窮地に立たされて初めて、彼は強くそれを願うのですが。

 この救済への激しい情熱的な希求


 この情熱。
 実は他の二人の心の中にもあります。

 そもそもイワンもアレクセイも子供好きです。

 あの「冷徹な」イワンも。

さぞおどろくことだろうが、俺もおそろしく子供好きなんだよ、アリョーシャ。

p.598

とアレクセイに言っています。
(アリョーシャはアレクセイのことです。)

 彼が子供の虐待に強く心を痛めていることは、後の会話でわかるのですが。(その11でお話しします。)

 またアレクセイも。

いちばん好きなのは三つかそこらの子供だったが、十か十一くらいの中学生も大好きだった。だから、現在どれほど心配事があろうと、彼はふいに子供たちの方に足を向け、話の仲間入りをしたくなったのである。

p.433

 アレクセイはとにかく子供好き。そしてこの後、子供達と関わることとなり、別のエピソードへと繋がっていきます。

 子供が好き。子供を救いたい。子供のいるこの世界を救いたいという強い願い。さらに、できればそれを自分の手で成し遂げたいというロシアの若者らしさを持っている。そんな三兄弟。

 その結果はそれぞれなのですが。
 その辺りはぜひ読んでいただくとして。

 ドミートリイに話を戻しますと。
 彼はその後、童のために罪を引き受けようとまで考えるのですが。 
 終盤。俺はそれに耐えられないだろうと悩む姿も描かれます。

 この辺り、ドミートリーの崇高さと心の弱さが描かれ。
 人間的で好ましいと私は思います。



2 しょせん同じ階段

 ドミートリイといえば。
 婚約者カテリーナがいるにもかかわらず、アグラフェーナを好きになり、父であるフョードルと諍いを起こすので。
 女性に対する情熱が特別に強いと思われるかもしれませんが。

 この三兄弟。
 実はそれぞれに女性を愛しています。

 イワンは。

……僕はあまりにも若く、あまりにも強くあなたを愛しすぎた。

上巻 p.475

と、ドミートリイの婚約者であるカテリーナに情熱的に告白します。でもその後。

「それというのも、彼女を愛してないってことが、わかったからさ!──中略──しかしとても好きだったんだがね! さっき演説をぶったときでさえ、好きだったよ。そう、今だってひどく好きだ、にもかかわらず彼女から離れ去るのが、実にせいせいした気持ちなんだ。俺が虚勢を張っていると思うかい?」

 同上 p.583

なんて、アレクセイに話したりして。複雑です。
 いずれにせよイワンがこの女性にかなり執心していることはわかります。

 見習い修道僧のアレクセイも例外ではありません。

だって、ゾシマ長老がお亡くなりになったら、僕はすぐに修道院を出なければならないからです。それから僕は学業を続けて、試験に合格する、そして法に定められた年齢に達したら、すぐに僕たちは結婚しましょう。僕はずっとあなたを愛し続けます。

p.452

 幼馴染のリーザにこんな告白をしています。
 修道僧なのに? ですよね。

 ドミートリイはといいますと。
 もちろん彼はアグラフェーナを愛しているわけですが。女性一般に関心は高く。
 時折彼はアレクセイに向かって、女性について自分の持論を語ったり、アドバイスしたり。

 それを聞いて赤面するアレクセイ。
 でも彼はこういいます。

「僕が赤くなったのは、兄さんの話のせいでもなけりゃ、兄さんのしたことに対してでもなく、僕も兄さんとまったく同じだからなんです」「お前がだって? おい、ちょっと無理したんじゃないか」「いいえ、無理しているわけじゃないんです」アリョーシャはムキになって言った(どうやら、この思いはだいぶ前から心にあったようだった)。「しょせん同じ階段に立っているんですよ。僕はいちばん下の段だし、兄さんはもっと上の、どこか十三段目あたりにいるってわけです。僕はこの問題をそんなふうに見ているんですよ、しかしどっちみち同じことで、まるきり同類なんです。いちばん下の段に足を踏み入れた者は、どうせ必ず上の段にまで登っていくんですから」「じゃ、つまり、全然足を踏み入れずにいるべきなんだな?」「できるなら、まるきり足を踏み入れないことですね」「で、お前はできるのか?」「たぶんだめでしょうね」「黙ってくれ、アリョーシャ、黙るんだ。まったくお前の手に接吻してやりたいよ、感動のあまりな。

上巻p.267

「僕も兄さんとまったく同じ」だと告白するアレクセイ。

 ドミートリイはそれに対して。
「おい、ちょっと無理したんじゃないか」とか、
「まったくお前の手に接吻してやりたいよ、感動のあまりな。」
なんて嬉しそうで。

 全然足を踏み入れずにいるべきといいながらも。
「で、お前はできるのか?」
「たぶんだめでしょうね。」
 なんて言ったり。二人は楽しそうです。

 これまであまり会うことのなかった兄弟が素直に心の内を明かす様子。

 仲が良いです。


3 くるみを400グラム

 もう一つ私の好きなエピソード。

 下巻で、町医者のヘルツェンシトゥーべが語るドミートリーの逸話です。

 医者は幼いドミートリーが「父親の家の裏庭に放り出されて、長靴もはかずに、ボタンの一つしかないズボンをはいて走りまわっていた」(下巻p.414)小さい頃に出会い、哀れに思い、くるみを400グラムあげました。
 その時、医者は幼い子供に指を一本立てて。
『坊や、ゴット・デア・ファーター(父なる神よ!)』、『ゴット・デア・ゾーン(子なる神よ)』、『ゴット・デア・ハイリゲ・ガイスト(聖なる神よ)』
 
と教えます。そして。

こうして二十三年たって、ある朝、もうすっかり白髪になったわたしが診察室に座っていますと、ふいに溌剌とした青年が入ってきたのです。わたしが思いだせずにいると、その青年は指を一本立てて、笑いながらこう言うじゃありませんか。『ゴッド・デア・ファーター、ゴット・デア・ゾーン、ゴット・デア・ハイリゲガイスト! 僕はこの町についたので、くるみ400グラムのお礼を言いに伺ったのです。だって、あのころはだれも僕に四百グラムのくるみなんて決して買ってくれなかったのに、あなただけはくるみを400グラムも買って下すったんですからね』

下巻p.416


 いいお話しです。

 でもこの時のドミートリイ。
 ちょっと気障ですよね。「けれん」があるというか。
 つまりなかなか魅力的。

 こんなふうに言われたら誰でも彼を好きになってしまうかも。

 彼は人たらしというか。
 性別に関係なく妙に人を惹きつける魅力を持っていると思います。

 行動が気障でけれんがあって。
 おそらくすごく見栄っぱりで格好つけたがりな性分。

 でもそのせいで彼は敵を作り、身を滅ぼしてしまうのかも。

「悲劇的な謎の死」の結果、彼の状況は厳しくなるのですが。
 それはもしかしたら彼の性格に起因するものかもしれなくて。
 それでも彼の人物像は好ましいと感じられて。

 魅力的な人物だなあと思いました。


 さて次回はイワン。
 「冷徹な知性人」の仮面の下に隠されたものは?


その11 三兄弟② 「冷徹な知性人」


前回 その9 物欲の権化『こんな男がなぜ生きているんだ!』

その1 はじめに はこちらから

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