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『カラマーゾフの兄弟』再読感想文 その1 はじめに(全12回)

 その1 はじめに

 同じ作品を繰り返し読むことが好きです。

 読む度に新しい発見があるような長い長い物語。
 素晴らしい作品というものは、何度読んでも新鮮な驚きがあって、再読に値する味わいを持つものだと思います。

 というお話を。
 前回『ガープの世界』を再読する理由として書きましたが。

 私に取ってその最たるもの。
 むしろ再読した方が面白く読めるんじゃないかなと思っている作品。
 それは。

 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』です。

 ドストエフスキーの長編小説。
 『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』。
 
いわゆる五大長編と言われるもの。私はこの中で『未成年』が未読ですが、残りの四冊は何回か再読しました。

 中でも一番多く再読したのが『カラマーゾフの兄弟』。
 その時々で気に入った章や場面だけを読むこともあって、それを含めると20回以上は読んでいるかもしれません。

 というのがもう何年も前の話。
 最近久しぶりに再読しました。
 やっぱり面白いですね。

 あまりにも有名な作品。
 今更私が言うことはないかもしれないとも思ったのですが。
 それでも大好きな作品なので一度はお話ししたいなと思いまして。

 難しい解説などは他の方々にお任せして。
 あくまでも私が好きな『カラマーゾフ』についてお話しします。

 私が何度も何度も読んでしまう理由を。

 と。その前に。
 いくつか小ネタ的なものを。



1、引用する文献について。

 私が今回引用するのは新潮文庫大きな活字の方です。
 奥付には「平成十六年一月二十日 五十四刷改版」とあります。と言ってわかっていただけるでしょうか?

 この記事の見出し画像。
 一番左側から三冊は、私が大学生の時に最初に買ったもの。活字が小さいです。何度も読んでボロボロです。懐かしい。
 次の三冊。現在書店でよく見かける表紙のもの。活字が大きくなりました。すごく嬉しくて慌てて買い直した記憶があります。

 文庫の活字できるだけ大きい方が嬉しいです。

 岩波文庫米川正夫訳一巻だけ持っています。ちょうど本屋さんで一巻しか見当たらなくて。手に入れそこねたままです。表現が少し古い感じが趣があっていいですね。一巻冒頭の米川氏による解説も素晴らしいです。
 でも活字がとにかく小さくて。

 光文社古典新訳文庫亀山郁夫訳も持っています。全5巻です。5巻目に長い解説があってそれも嬉しいです。活字は岩波文庫より大きいのですが、新潮文庫の大きい方よりはやや小さめ。惜しい。

 どの訳がいいとか悪いとか、色々とあるようですが。
 私は新潮文庫で何度も読んでしまって慣れているので。
 それに活字が大きいので。(私にとってはかなり大事です)

 ということで新潮文庫原卓也訳活字が大きい方でお話しします。

 新潮文庫は上中下巻の3巻です。
 
 上巻中巻では。
 カラマーゾフ家の三人の息子が父のいる町に帰郷。そこで起こった事件をめぐる三日間
 下巻はそれから二ヶ月ほど後の数日間エピローグ
 
 この新潮文庫の上中巻と下巻の切り方
 わかりやすくて好きです。

 光文社文庫も1、2、3巻が最初の三日間のお話になってますね。
 
 描かれる時間は短いですが、登場人物は多く複雑な物語
 濃密な小説です。


2、「作者の言葉」について


『カラマーゾフの兄弟』には本編前に「作者の言葉」があります。

 冒頭の献辞、福音書の「一粒の麦」の言葉の後。
(この献辞も意味深く思いますがそれについては今回お話ししません。)

わが主人公、アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフの伝記を記すにあたって、わたしはいささか戸惑いを覚えている。

『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー著 原 卓也訳
新潮文庫  1978年 上巻P.9


 「わたし」(作者? ドストエフスキー? あるいは架空の作者?)からの注釈のような、言い訳のような文章が文庫本で4ページほど続きます。

 ここで「わたし」から、

① 主人公の名前はアレクセイであり(p.9)
② この小説は彼の伝記あり(p.11)
③ 「伝記は一つだが、小説は二つ」(p.11)あること。
④ 第一の小説は十三年前の出来事で「ほとんど小説でさえなく、我が主人公の青春前期の一時期にすぎない。」(p.11)こと。

 を知らされます。

 第二の小説、つまり本来の物語は13年後であり、これから語られる第一の小説は前日譚だということになるのですが、ドストエフスキーはそれを書くまえに亡くなっしまい、残念ながら第二の小説は存在しません。第一の小説が、今現在「カラマーゾフの兄弟」として出版されているものとなります。

 第二の小説が無いということは色々と想像力を掻き立てられるものですが。とりあえず、今回は現存の第一の小説についてだけ、お話ししたいと思います。


 

3、「第一部 第一編 ある家族の歴史」


アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフは、今からちょうど十三年前、悲劇的な謎の死をとげて当時たいそう有名になった(いや、今でもまだ人々の口にのぼる)この郡の地主、フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフの三男であった。

同上 上巻p.15

 物語の冒頭の一文です。

「悲劇的な謎の死」です。
 センセーショナルです。
 
 でも。

この悲劇的な死に関しては、いずれしかるべき個所でお話しすることにする。

同上 上巻p.15 

 という文章がすぐ後に続き、「いずれ」はずっと先になります。

「第一部 第一編 ある家族の歴史」は76ページまで、文庫本にして61ページにわたって父フョードルの半生三人の息子達の生い立ちなどが、長く、説明調子で続きます。
 その後、物語が動き出し、幾多のエピソードを経たのちに「いずれ」が来る予定。

 先は長いです。

 

4、あらすじでは


 さて。
 長くて複雑なカラマーゾフ。
 どんなお話しなんだろう? とあらすじを読んでみると。

物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

新潮文庫上巻裏表紙から

 だそうです。
(「アリョーシャ」は「アレクセイ」のことです。)

 もちろんその通り。
 なのですが。
(「愛憎の地獄図絵」はちょっとすごいなあと思ってしまいましたが。)

 でもこの文章の中にはわたしの好きな
 あのエピソードもあの人もあの主題も
 全然出てきません。
(長い物語をほんの数行でまとめるのですから当然ですが。)

 三兄弟私生児性格も。
 もちろんもっと複雑で。時には相反するようなものもあって。魅力的で。まだまだ語れる部分がたくさんあります。
 当然あらすじでは十分に表現することはできないでしょう。

 でも。
 わたしの好きな「カラマーゾフ」は、このあらすじには入れてもらえなかった部分とか、その周辺にあります。


 そこで。
 次回から、その辺りを少しずつ紹介していきたいと思います。
 私が好きなちょっとしたエピソードとか、あまり目立たない脇役の面白さとか、主要な人物の意外な一面とか。

 それから私がこの作品から特に強く感じたのもの。

 虐げられた人々、とりわけ、辛い境遇の子供達を救いたいという、激しいほどに強い願いのようなもの。救済への希求。

 そんなお話もできるといいなと思っています。


 未読の方には、少しでも面白そうだと思っていただけたら。
 既読の方には、そうそうそこが面白いよねと思っていただけたら。嬉しいです。

 でも全12回。
 正直言ってちょっと長いです。 

 

〈ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』再読感想文〉
(全12回完結 毎週火曜日更新予定)

その1 はじめに (本稿)


その2 二匹の毒蛇? 推理小説のような 


その3 信仰のうすい人たち① 地獄に鉤があるなら 


その4 信仰のうすい人たち②  山を動かすことができる人 


その5 脇役の魅力①「すがすがしい大気のなかでも」 


その6 脇役の魅力②「官吏ペルホーチン出世の糸口」


その7 脇役の魅力③ 二十カペイカ銀貨と三枚の百ルーブル札


その8 脇役の魅力④『人間はだれだって必要なのよ。』


その9 物欲の権化『こんな男がなぜ生きているんだ!』


その10 三兄弟① 「放蕩無頼な情熱漢」


その11 三兄弟② 「冷徹な知性人」



その12 三兄弟③ 「敬虔な修道者」(完結)


#海外文学のススメ

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