『カラマーゾフの兄弟』再読感想文 その6 脇役の魅力② 官吏ペルホーチン出世の糸口 (全12回)
※これから読む方々のためになるべく物語の結末部分に触れないようにしたいと思っていますが、説明上どうしても物語の流れや途中のポイントなどネタバレしてしまうと思います。少しでもダメな人はご遠慮ください。
その6 脇役の魅力② 官吏ペルホーチン出世の糸口
「カラマーゾフの兄弟」で私の好きな脇役。
さて次は。
ピョートル・イリイチ・ペルホーチン。
誰?って思いますよね。
でも彼が物語に果たした役割。
ちょっと面白いです。
1、官吏ペルホーチン
この人。物語の中盤に少しだけ登場して長男ドミートリーと関わります。ドミートリーが飲み屋で知り合った「独身のきわめて裕福な官吏」なのですが。
ドミートリーは老僕グレゴーリイを殴り倒した後、預けていた銃を受け出すためにペルホーチンの家に立ちよります。
ペルホーチンは血まみれのドミートリーに対し驚きつつも「血で汚れただけで怪我はしてないんですね」(ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』新潮文庫 中巻p.333)と彼を気遣い、「魔がさしたんですね。きっと誰かと喧嘩でもしたんでしょうが」(同上 p.337)と顔を洗う手伝いをしたり、ドミートリーが握りしめたままの紙幣の束を見て「お金をテーブルの上に置くなり、ポケットにしまうなりなさい」(同上 p.337)などと面倒見たりして。
と親切で。
(因みにドミートリー。彼はたくさんの人に好かれてます。彼の下宿先の人たちとか。ちょっと乱暴で無茶をしがちな彼ですが魅力的な人物なのでしょう。それについてはその10でお話しする予定です。)
このあと豪遊に繰り出すというドミートリー。その準備のために店に向かう彼を心配してペルホーチンはついて行きます。
いい人です。
そして「この街でいちばん大きな食料品店」(同上 p.347)に。
店員に豪遊の準備を指示するドミートリーが「なにか異様でまとまりがなかった」(同上 p.350)ため、ペルホーチンはドミートリーが損をしないように、と自ら店員にあれこれ指図しようとします。
するとドミートリーは。
と彼を誘います。
こうして二人は、ほんのひと時、差し向かいで盃を交わすことになるのです。(ミーチャはドミートリーのことです。)
そこでドミートリーは彼に尋ねます。
お金を盗んだことがあるのかと。
その時の二人の会話が良いです。
子供の頃テーブルの上にあったお金を盗んでしまったことはあるけど悩んで返して叱られたという話。
子供時代の小さな罪。それを告白できる誠実さを持ち合わせているペルホーチン。彼のまじめな人となりがわかるエピソードです。
ドミートリーの返事も洒落ていて。
この時本当は、お金を盗むことに関して何日も苦しみ続けてきたドミートリーなのですが、ペルホーチンの誠実な態度に触れ、ついこの親切な男にたずねてみたくなったのでしょう。そして正直な答えが返っくると。
ドミートリーは自分の罪は告白できないものの、自分もおなじだとウインクして洒落て見せる。こういうところ。
ドミートリーの魅力でもあると思います。
でもこの場面。実はかなり緊迫していて。
血まみれだったり、銃を受け出したりするドミートリーの言動から、なんらかの暴力的な事件の匂いを感じているペルホーチン。
ドミートリーが自殺してしまうのでは? と心配しています。
ペルホーチンはドミートリーと別れてからも。
いや彼のおじさんてわけじゃないし、関係ないし。と何度も自分に言い聞かせながらもやはり気になって。さらにドミートリーに関する噂話を聞いて不安が増すペルホーチン。
ついに彼は既に寝静まったグルーシェニカの家の戸を叩きます。
決して積極的に関わりたいわけではないけれど、つい心配で気になって、やはり何かしなければ、と考えてしまう善良な人。
裕福で親切なペルホーチンの性格が良いです。
しかし物語は彼、ペルホーチンにとって、意外な展開へ。
2、出世の糸口?
ペルホーチンと別れ豪遊に出立してしまったドミートリー。先ほどの引用でペルホーチンが考えていた通り、昔の恋人に会いに行ってしまったアグラフェーナのところへ乗り込もうと馬車を飛ばしたのでした。そこから文庫本中巻p.363〜p.453まで90ページほどドミートリー視点で物語は進み、彼がある事件の容疑者として拘束された瞬間、第八編が終わります。
そしてページをめくると。
「第三部 第九編 一 官吏ペルホーチンの出世の糸口」
という章題。
え? 出世の糸口って?
一体どういうこと?
となりますよね。
そもそもこの題名のつけ方が秀逸で。
「信仰のうすい貴婦人」とかもそうですが。気を持たせるというか焦らし加減がほんとにドストエフスキーはうまいなと思うのですが。
ドストエフスキーのネーミングセンス。大好きです。
さてこの章。
ペルホーチンとドミートリーが別れた時まで時間が遡ります。そしてペルホーチン視点で彼が何をしていたかが描かれていくのですが。
結局ドミートリーを心配する心が勝ち、彼は血と大量の紙幣の原因を探るため様々な行動を起こしていました。
その行動の一つ。大量の紙幣の謎を探ること。
その紙幣はホフラコワ夫人から投資してもらったのだとドミートリーが言っていたので、それを確認するため、ペルホーチンは彼女の家へ向かうことに。
ホフラコワ夫人。再び登場です。
これがおかしな展開に。
ホフラコワ夫人と会話の後。ペルホーチンの彼女に対する気持ちは。
だそうです。
ドストエフスキー。さりげなく皮肉を言ってますが。
ホフラコワ夫人もペルホーチンに対して。
なんて言ってます。
これが出世の糸口に?
それは下巻で明らかになるのですが。
結局ペルホーチン自身は物語の主軸となる事件「悲劇的な謎の死」には全く関係はありません。
しかしこの恐ろしい犯罪の顛末の裏で、実は様々な人物がそれぞれの理由で動き、そこにまた別のドラマが生まれる。
この感じ。この書き方。
私は大好きです。
さて。
今回ペルホーチンを取り上げた理由はもう一つ。
それは。
「お金を盗まないことは果たして誠実なのか否か? 問題」に関わる人だから。
(私が勝手に言ってます。名付け方、下手です。)
でも長くなってしまうので今回はここまで。
次回はこの問題に関してペルホーチンと対照的に描かれていると思われる人物、ラキーチンを紹介します。彼はアレクセイと同じ見習僧なのですが。
それともう一人。この問題で重要だと思われる人。
パーヴェル・フョードロウィチ・スメルジャコフ。
新潮文庫上巻あらすじに登場した主要人物の一人スメルジャコフです。
この二人。お金を盗まない人たちなのですが。
さて誠実かというと?
次回 その7 脇役の魅力② 二十カペイカ銀貨と三枚の百ルーブル札
前回 その5 脇役の魅力①「すがすがしい大気のなかでも」
その1 初めに はこちらから。