
ジョン・アーヴィング 『ガープの世界』 その1(全六回)
その1 『狂気と悲哀。だけでなく』
同じ作品を繰り返し読むことが好きです。
読む度に新しい発見があるような長い長い物語。
素晴らしい作品というものは、何度読んでも新鮮な驚きがあって、再読に値する深みを持つものだと思います。
例えばドストエフスキー。
『罪と罰』と『白痴』と『悪霊』も何回か再読しましたが。
特に好きなのは『カラマーゾフの兄弟』。
気に入った章や好きな場面だけを読む時もあり、それを含めると20回以上は読んでいるかもしれません。
学生の頃は気にかけていなかった二等大尉のくだりなど、自分が子供を持つようになって再読すると読後感の重みが全然異なるものだし。
フョードルとマクシーモフ、二人の老人の対比などは、年を重ねたほうが若い頃より面白く読めると思います。
あるいはトールキンの『指輪物語』。
辛い期、困難な時、フロドとサムの長く厳しい旅路を何度も読み返しました。
鍋を捨てられないサムが切なくて。
あるいはアガサ・クリスティーやエラリー・クイーンの長編推理小説なども。
クリスティーの「叙述の騙し」のうまさや人間に対する皮肉、クイーンの構成の丁寧さやキャラクターの魅力など。長い物語の中にある複雑さ、面白さに、つい読んでしまいます。
そしてジョン・アーヴィング。
私が何度も何度も読み返さずにはいられない、とりわけ好きな作品。
ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』。
アーヴィングの著書は長編が多く、いずれも素晴らしい作品ばかりですが。
『ガープの世界』は本当に何度も何度も繰り返し読んだので、大学生の頃などは細かいセリフまで覚えていました。
今も時々思い出してはページをめくるほど好きです。
そこで。
なぜそれほど『ガープの世界』を好きなのか。
その理由をこれからお話ししたいと思います。
と、その前に。
一般に語られるこの作品の魅力を、簡単にお話ししようと思います。
作者ジョン・アーヴィングは現代アメリカを代表する作家と言われています。
彼の作品の特徴は
① 19世紀小説のような物語構成とストーリーテリングを持ち、
② 強烈で多様で魅力的な人物たちを登場させ、
③ 暴力と死と性の溢れた残酷な社会を描く。
というところでしょうか?
『ガープの世界』は彼の代表作です。
物語の中心は架空の作家T.S.ガープの生涯。
第一章では彼が生まれた経緯が描かれ、その後少年時代、学生時代、作家になり結婚、と、彼の人生が綴られていきます。
自伝を書いて有名人になる母親、大学の教壇に立つ読書家の妻、信条のために政治家の告白本の出版を断る編集者、さらには性転換した元フットボール選手など、癖のある多彩な人物が登場します。
彼らが生きる世界は事故や犯罪や差別に溢れたアメリカの現代社会(当時の)。
アーヴィングはそれらをユーモアや皮肉を交えつつ、時に残酷に且つ冷静に描写していきます。
強烈なキャラクターとセンセーショナルな物語の印象が強く、それをよしとするか否とするかで好き嫌いが分かれる作品でもあるようです。
残酷な事件や性描写もあり、それらに辟易して避ける人も。
『ガープ』はアーヴィングの著作の中でもそういう表現が多い方かもしれません。ブログなどで、アーヴィングは好きだけど『ガープ』は苦手だと書かれていた方もいらっしゃいました。
暴力や性表現。私もそういうモノは苦手です。でもアーヴィングは読んでしまう。それは。
ああ、確かに世界はこんなふうかもしれない。
と思わせる、世界に対する作者の洞察力とそれを描く筆力のせいだと思います。
世界は確かに暴力と死と性に溢れている。だからそこで迷い苦しみながらも力強く生きる人たちの物語には魅力がある。そこには「狂気」と同時に「悲哀」がある。
と思うのです。
実際そういった部分が多くの読者を惹きつけてもいるのでしょう。
ただ今回は。
「狂気と悲哀」という、この作品の主題とはまた別の、ちょっと違ったお話をしたいと思います。
私が繰り返し読むほど大好きな理由を。
この作品に私が感じる魅力を。
「彼を愛していた人か、彼のことを知らなかった人か、そのどちらかしかいないのよ」
『ガープの世界』 新潮文庫 1988年。
下巻 p.465
ガープを知る人も知らない人もぜひ。ご一読いただければ。
ちなみに「狂気と悲哀」というのは。
主人公ガープについて書かれた伝記の題名
『狂気と悲哀──T・S・ガープの人生と芸術』
から使わせていただきました。
作中の。
架空の作家の架空の伝記です。
ほら。面白そうでしょう?
[全6回。毎週1回分ずつ更新予定]
その1 『狂気と悲哀。だけでなく』 (本稿)
その2 『まるで連想ゲームのような。』
その3 『「のちに彼はこう書いている」式文章。』
その4 『「小説の中の小説」と「作家論」』
その5 『失われた登場人物──映画化に伴って① 』
その6『失われたエピローグ──映画化に伴って②』(最終回)
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