見出し画像

頭がよくなるには

博聞強記は聡明の横なり、精義入神は聡明の縦なり

佐藤一斎『言志四録』

この言葉は、知識や理解の幅と深さについての考え方を示しています。 

「博聞強記(はくぶんきょうき)」は、幅広い知識を持ち、それをよく記憶していることを意味します。これは、さまざまな分野の情報や事実を知り、それを活用できることが知識の横の広がりを示し、賢さの一側面であることを説いています。

一方、「精義入神(せいぎにゅうしん)」は、物事の本質や核心を深く理解し、それを極めることを意味します。広く知るだけでなく、一つの分野やテーマを掘り下げて深く探求し、その真髄に迫ることが知識の縦の深まりを示し、賢さのもう一つの側面であるとされています。

この考え方は、広範な知識を持つことと深い理解を持つことが、ともに賢明さを形成する要素であると説いています。広く知ることで多角的な視点を持ち、深く知ることで物事の本質を見抜く力を養うことが、真の賢明さに繋がると言えるでしょう。

さらに、「何を博聞強記するのか」に関しては、必ずしも堅苦しい知識を学び覚える必要はありません。たとえば、事件の背景を調べたり、ドラマや漫画、アニメの歴史、サブカルチャー、ヒット商品の変遷など、自分が興味を持つ分野を調査し記憶することも、十分に博聞強記と呼べる行為です。興味を起点にした探求と記憶の積み重ねが、広い知識と深い理解の基盤を築くのです。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集