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何度でも読み返したいnote4

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何度でも読み返したいnoteの備忘録です。 こちらの4も記事が100本集まったので、5を作りました。
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2023年2月の記事一覧

百点満点ではなくとも

湖畔に位置するこの町は、風がよく吹く。二つの湖に囲まれた大地にはサツマイモ畑が広がり、畑の砂がサラサラと風にさらわれていく。数日前に洗車したばかりのはずが、もう汚れてしまっている。 ここへやって来てもうすぐ三年半。長いような、短いような、そんな時間だった。家から少し歩けば夕日に照らされた湖岸へとたどり着き、誰もいない風景を独り占めできるのはささやかな贅沢だ。 しかし、来世でもこの町に住みたいですか?と聞かれれば恐らく断るだろう。 理由はこの町が嫌いだからでは決してない。

ランゲルハンス島で水兵リーベとボストンティーパーティー

日々、ああ私は物語を買い、情報を見に行き、口コミを食べていると思う。 情報や口コミというのは、いわゆる前評判だ。何処の誰が残したか分からない文字情報を、自分で思っている以上に信頼している。多分私がめんどくさがりだから、わざわざ書く労力を使いたくなるほど美味しいのか…!わざわざ人に勧めたくなるほど素敵なのか…!と思うのかもしれない。 しかし物語を買っている、というのは、そのまま「物語」なのだ。別の言葉で言い換えると、哲学、歴史、エピソード、生い立ち、職人技、地理的な事情、姿

タイタニックだけが、帰ってきた。

「タイタニック再上映!」 そのニュースは、私の感情を大きく揺さぶった。 一緒に観た人のこと、待ち合わせた場所、街の賑わい、着ていたワンピースの柄。 25年前の思い出があふれるように押し寄せてくる。 あの頃の自分が、私は、今もとても好きだ。 映画「タイタニック」が、公開25周年を記念してリバイバル上映されている。 大ヒットした当時は私も見事にはまり、四回も観に行った。 一回目は、学校帰りに友人と。 恋愛経験なんてほとんどない私たちは、これでもかとドラマチックに描かれるラブ

好きになる入口に迷子になる時

冷蔵庫を開ける。 ずっと静かに唸っていた音がやみ、雑多に入っていたものが背面から照らされる。 色々入っているようで、何も入っていない。 自分が買ってきたもののはずなのに、何一つ食べたいものが見つからない。 ドアポケットにストンと小さく収まっていたいつか買った小さな紙パックの飲み物を取る。

わすれるわけなんてないのにね

「わすれなーいーで わすれなぁーいーで」 4歳の娘が幼稚園の帰り道、高らかに歌う。 えらく陰気臭い歌詞だな、と思い 「なんの歌?」と尋ねると 「2がつのうた!」と言う。 どうやら幼稚園では毎月「月歌」があり、それを覚えさせてくれていたようなのだ。 昨年の4月から通い、もうすぐ一年が経とうというのに初めて知った真実。 今までの月歌がどのようなものだったか気になったので歌って、とリクエストすると 「えー、もうわすれた」となぜか拗ねる。 幼稚園から家までは歩いて20分ほど

忘れちゃいけないものは、ハンカチと清潔感。

 いい女が絶対に忘れちゃいけないものは、ハンカチと清潔感。  10代の頃に読んだ恋愛指南書にはそう書いてあった。  この手の本の内容は時が経つと時代遅れになってしまいがちだが、この一文に関しては全くそんなことはない。むしろ、この本が書かれた2000年代よりも現代の方がこの価値観を重要視しているんじゃないかと思うくらいだ。  新型コロナウイルスの世界的な流行により、私たちの生活において「清潔であること」の重要度がこれまでとは比べものにならないくらい上がった。  マスクとアルコ

ことわざに答えはいらない。

「転石苔を生ぜず」。 このことわざは、ジキルとハイドのように、二つの異なる顔を持つ。 『世界ことわざ比較辞典』(日本ことわざ文化学会編・時田昌瑞・山口政信監修)によれば、 ひとつは「活発に活動する人ははつらつとしている」という譬え。 もうひとつは「職業などを転々とすると生活が不安定になる」という譬えであるという。 発祥はイギリスで、そちらでは後者の否定的な意味で用いるのに対し、海を渡ったアメリカでは、前者の肯定的な意味で用いられるのが一般的であるという。 さて、日本では

入籍した日の日記

前日も、またいつもと変わらない日々だった。膨大な仕事にため息をつき、育成のことに悩みながらも定時ダッシュ。職場のスタッフさん4人で飲みに行き、わいわいと話し、よく笑った。 帰り際、よく相談をしていた職場のお姉さんに聞かれる。「結婚に迷いはないの?」「なにがいいと思ったの?」 「一緒にいて楽。一緒にご飯を食べていたら楽しいし、ご飯を作ってあげたら嬉しい」そんな風に答えたと思う。 「それを聞いて安心したわ」と言われ、お互い帰路に着いた。 朝、落ち着かずに目が覚めた。彼はリビン