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忘れちゃいけないものは、ハンカチと清潔感。

 いい女が絶対に忘れちゃいけないものは、ハンカチと清潔感。

 10代の頃に読んだ恋愛指南書にはそう書いてあった。
 この手の本の内容は時が経つと時代遅れになってしまいがちだが、この一文に関しては全くそんなことはない。むしろ、この本が書かれた2000年代よりも現代の方がこの価値観を重要視しているんじゃないかと思うくらいだ。
 新型コロナウイルスの世界的な流行により、私たちの生活において「清潔であること」の重要度がこれまでとは比べものにならないくらい上がった。
 マスクとアルコール消毒はどこへ行っても必須になった。
 手洗いの頻度はぐんと増え、ハンドドライヤーはウイルスを飛散させるという理由で使用禁止になった。
 マスクとハンカチと清潔感がなければ、外出もままならないような世界に変わってしまったのだ。
 新型コロナウイルスによって世界中が大きく変わってしまった頃と同時期に、私個人にも大きな変化があった。
 2020年の夏、私は祖父を亡くした。

 私は高校を卒業して実家を出るまで、祖父母と同居していた。幼い頃から私の両親は共働きで、幼稚園の送迎も学校から帰ってきた時に「おかえり」と言ってくれるのも祖父母だった。
 祖父は寡黙でぶっきらぼうなうえ、やや頑固なところがあり、一見とっつきづらい人に思われがちだった。でも本当は実直で思慮深く、とても愛情深い人だった。
 例えるなら「アルプスの少女ハイジ」に出てくる「アルムおんじ」にそっくりだった。アルムおんじがハイジに惜しみなく愛情を注いでいたように、祖父は私や他の孫たちをとても大切にしてくれていた。
 
 そんな祖父が体調を崩したと聞いたのは2020年の春だった。ちょうど1回目の緊急事態宣言が出された頃だ。
 祖父の症状は新型コロナ感染症と重なるところがあり、さらに祖父は90歳と高齢で感染すると重症化するリスクが高いため、私は気が気じゃなかった。
 その頃は県をまたぐ移動の自粛が世間的にも呼びかけられており、他県の実家へお見舞いに行こうとしてもそれが叶う状況ではなかった。
 ただただ祈るしかなく、検査の結果が出て新型コロナ感染症ではなかったと知った時には文字通りホッと胸を撫で下ろしたものだ。
 ひと安心したが、体調不良の原因は不明のままで、後日大きな病院で検査をすると祖父本人から電話で聞いた。

 夏の気配を感じる頃、母から連絡があった。なんとなく、嫌な予感がした。嫌な予感は的中し、祖父の体調不良の原因はガンであることがわかったという知らせだった。しかもかなり進行していて、もうあまり長くないとのことだった。
 電話を切った後、状況がうまく飲み込めなくて呆然とした。正直あまり記憶がない。たくさん、たくさん泣いたことだけは覚えている。
 母いわく、祖父は入院はしているものの携帯で電話はできるとのことだった。
 会えないぶん、私は祖父と電話で話をした。毎回他愛のない短い会話だったけれど、祖父が電話に出てくれるだけでじゅうぶんだった。
 
 夏の初め、祖父が一時帰宅をした時も電話で話をした。いつも天気のことや畑の野菜のことなど他愛のない話ばかりだったのに、その日は珍しく「人生とは」みたいなことを話した。内容の割に祖父は明るくて、冗談さえ出るほどだった。
 両親は祖父の病状について祖父本人には明かしていなかったけれど、祖父は自分がもう長くないことに気づいていたように思う。
 それが祖父と交わした最後の会話だった。それから1ヶ月後、祖父は亡くなった。

 世間は相変わらずコロナ禍で混乱してはいたが、何とか祖父の通夜と葬儀には出席することができた。
 私が駆けつけた時はちょうど納棺の途中だった。途中からではあったけれど、私は祖父の納棺に立ち合えた。
 棺の中の祖父はグレイヘアをきっちり整えトレードマークのオールバックにして、昼寝でもしているかのように穏やかに眠っていた。
 納棺が終って母と話している時に、母はおもむろにこんなことを口にした。

「じいちゃん、髪の毛キマってるやろ。最後に帰ってきた時にな、じいちゃん散髪屋に行ってん」

 母の言葉に私は驚いた。なんでまた祖父はそんな時に散髪屋へ行こうと思ったのだろう。その頃は体調もかなり辛そうで、散髪屋に行くほど元気だったとは思えなかった。

「一時帰宅した週末、じいちゃんに会いに近くの親戚が来てくれることになってな。『みんなが来てくれるのにボサボサ頭で見苦しいから散髪に連れて行ってほしい』ってじいちゃんに頼まれてん。座っとくのもやっとの状態やったから、私が付き添ってな。じいちゃん、さっぱりした髪型で最期にみんなに会えたんよ」

 そう言った母の声も涙で震えていた。

 思い返せば、祖父はだらしのない髪型に対して厳しかった。派手な髪色に染めても小言を言われたことはないが、伸ばしっぱなしでボサボサだったり寝癖を直していなかったりすると「ちゃんとせえ!」と怒られた。
 祖父はボサボサ頭で大切な人たちに会うことがどうしても嫌だったに違いない。しっかりと身だしなみを整えて、相手に失礼のない格好でお別れが言いたかったのだろう。礼儀正しくて愛情深い、いかにも祖父らしいエピソードだ。
 きっちり整えられたオールバックヘアを見て、また涙が溢れてきた。亡くなった人に対してこんな感情を持つのは不謹慎かもしれないが、棺の中の祖父はとても格好良かった。
 持ってきたハンカチは予備もあわせて涙で濡れた。

 祖父が亡くなって2年半が経つけれど、新型コロナウイルスによる混乱は形を変えながら今でも続いている。
 マスクはいつまで着用すべきなのか、アルコール消毒はいつまで実施すればよいのか。
 いろいろな立場の人のいろいろな意見があり、その正解のなさゆえにそれぞれの清潔に対する価値観同士が対立するのを、この3年間ずっと見たり聞いたりしてきた。
 正義の対義語は悪ではなくて、また別の正義なのだという言葉を聞いたことがある。この3年間の価値観の対立はまさにそうだと思う。誰もが不安で、怖くて、自分の身を守ろうと必死なのだ。もちろんそこには私自身も含まれている。

 清潔感について、他の誰かの価値観を思わず批判しそうになった時、私は祖父のことを思い出すようにしている。
 祖父の清潔感は自分に向けたものではなくて、大切な相手のために向けたものだった。それは相手を不快にさせないように、敬意を持って接する「おもてなしの心」にも通ずる心配りだ。

 その清潔感は自分のため?
 それとも相手のため?

 批判の言葉が出そうになった時、自戒を込めてそう自問するようにしている。
 そして接する相手が不快にならないような清潔感のある身だしなみであろうと心がけている。
 私の「清潔のマイルール」は相手に対する敬意を持って身だしなみを整えること。私はそれを祖父から学んだ。

 最近になって10代の頃に読んだ、あの恋愛指南書の真意がわかったような気がする。
 「いい女が絶対に忘れちゃいけないものは、ハンカチと清潔感」の「清潔感」の意味は、相手に敬意を持って接する心配りと身だしなみということなのだろう。そしてそれができる人は男女問わず人を惹きつける「いい男、いい女」だと思う。
 棺の中の祖父が格好良かったのは外見だけではなくて、その心配りそのものも格好良かったからなのだ。
 そんな「いい男」の孫であることを私はとても誇らしく思う。
 

 

 

 
 
 
 
 

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梅小路ハチ
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