新人研修は「自分の家作り」 ある女性建築家が目指した“低予算でも妥協しない家”
新卒で入社して最初に任された仕事は、自宅となるアパートの一室を作ることだった。設計は学んだが大工仕事は全くの素人。設計から施工まですべて自分たちで行う、個人事業主の建築家集団 HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト)に入り家作りに奔走する、26歳女性の話を聞いてみた。
元々の家の廃材を再利用 低予算でも妥協しない家作り
ーーこのアパートは自分たちで改修したと伺っています。
英里子:そうなんです。私たち中田製作所チームの若手は、今回このアパートを自分たちの住まいとしてあてがわれ、それぞれ自分の部屋をリノベーションしました。工事が始まったときはまだ入社して間もない頃で、私の新人研修の場となりました。
ーー新人研修が自分の家作りなんですね!それは新しい!
英里子:聞いたときすごく嬉しくて。いつかは自分の家を自分で作りたいと思っていたので、こんなに早く機会に恵まれるとは思いませんでした。
ーー新卒でいきなり大きな仕事でもありましたね。
英里子:そうですね。大学では設計は学んできましたが、施工は学んでこなかったので。大工さんの仕事を見ることすらやってこなかったので、先輩たちに解体から施工まで、一つ一つ教えてもらうところからのスタートで。
ーー職人さんには入ってもらわず、全て自分で?
英里子:はい。予算も限られているので先輩たちと一緒にすべて自分たちで。ハンディが大事にしている“設計から施工までを自分たちで行う”というテーマを入社早々に体感できて、胸が高鳴りましたね。
ーーちなみに、英里子さんの部屋のコンセプトはありますか?
英里子:一つは、二人で住んでストレスがない家作りを目指しました。私の部屋は、基本的には二人でルームシェアをすることを想定されていたのもあり。キッチンとダイニング、お風呂とトイレは共用スペースです。そして、それぞれの個室があって。
ーーどんな部分でストレスを軽くするようにしたんですか?
英里子:例えば、キッチンの収納ですが、全部見えるようにしました。どちらかが不在のときに、お玉はどこだっけ?ザルはどこだっけ?となるとストレスなので。
ーーなるほど。他人のキッチンを借りると、調味料から鍋までどこにあるかいちいち聞いちゃったりしますが、そういうことを無くしたということですね。
英里子:もう一つは、解体のときに出た廃材をリユースして、環境にもお財布にも優しい家作りを目指しました。
ーー廃材利用。どの部分ですか?
英里子:例えば、キッチンのシンクを目隠しするガラス。これは、元々あった引き戸に使われていたガラスを利用しました。こうした元々の家にあったものを利用すると、この家によくなじむんですよね。わかります?キッチンの窓ガラスも同じ素材が使われているんですよ。
ーー本当だ!お揃いの柄ですね。単なるリユースではなくて、デザインが重なり合うメリットがあるんですね。オシャレ。
英里子:もともとこのアパートを作った人も、素材やデザインにこだわりを持っていたはず。なので、もとの家の良さを活かしてリノベーションするということを、ここを作りながら学びましたね。
ーーちなみに予算は決められていたんですか?
英里子:決められていましたよ。中田製作所の研修なので、中田製作所の代表が大家さんです。大家さんに納得してもらえるように、プランから設計図、見積りまで、ちゃんとプレゼンをして合意を得てからスタートしました。
予算は材料費60万円ほどでしたが、私の部屋は水回りがほぼ使えない状態だったので、少し予算を上乗せしていただいて。
でも、自分の希望を詰め込んでいくと、とてもじゃないけれど予算内にはおさまりません。予算内に収めるために、端材を使ったりも。捨てるのもお金がかかるので、こうやって私の家で活用できてよかったです。
好きなものをたくさん詰めこんだ 四畳半の空間
ーー自分の個室、プライベート空間はどんなところにこだわりましたか?
英里子:やっぱりここも、ルームシェアをすることを頭に置いて作りましたね。例えば、入口。ドアを開いてすぐに自分の部屋全体が見えちゃうと、見られたくないものまで見られちゃったりするのが嫌だなと。なので、ドアと部屋の間にちょっとした空間を作りました。
ーー寝起き姿をいきなり見られる、なんてことがなくていいかも。
英里子:そうなんです。四畳半の部屋でいかに快適に暮らせるかを考えましたね。広さがないので、上から吊り下げたりしながら、空間を立体的に使えるようにも工夫しました。
ーー予算が少なくても工夫次第でこだわりのある家作りができるんですね。
英里子:そうですね。これまで、予算が決められていたり、自分で施工をするような経験がなかったので、先輩たちに教えてもらいながら手を動かしてみて初めて知ることばかりでした。最初に綿密な設計図を書いたとしても、解体してみてわかることもあったり。作りながらその建物のことをより知ることで、新しいアイデアが生まれたり。設計から施工まで自分たちでやるメリットが初めてわかった気がします。
予算がないからやりたいことを諦めるんじゃなくて、違う方法を考えたり、あるものでできないかを考えたり。家を作りたい人みんながお金持ちとは限らないですし、予算が限られていたとしても暮らしに妥協はしてほしくないですね。じゃあどうすれば希望に沿った家を作れるのか。建築家っていうのはここまで考える仕事なんだなとよくわかりました。
建築業界で少数派の女性 自分にしかできないことを身に着けていきたい
ーー大学時代はどんなことを学んでいたんですか?
英里子:建築学科だったので、主に設計に必要なことを学んでいました。建物のコンセプトを考えたり図面を書いたり。その延長線上でまちづくりも地域の人たちと行っていました。
ーー現場で作ることは?
英里子:塗装の体験ワークショップなどは開いたりしましたが、実際に家を作る工事であったり、大工さんがするような作業は全くやったことがなくて。
ーー最初は大変ですね。
英里子:大変というよりも、毎日新しい経験の連続だったのでがむしゃらでした。まあ今もですが。
でも、毎日が面白いです。中田製作所チームは、入社して8年目の先輩と4年目の先輩、入社1年目の後輩の4人、そして代表の夫婦で活動しています。先輩たちに教えてもらいながら、泣いたり笑ったり目まぐるしい日々です(笑)
私の部屋の入口のアーチも、私がやりたいって言ったら4年目の先輩がどうしたら綺麗にできるかを一緒に考えてくれました。オーナーさんに対してもそうなんですが、みんなやったことがないことでもできないって言う前に、どうしたらできるのかをまずは考えるんですよね。やってみてできたことは、次の家作りに役立つので新しいことにも臆さずやっていく姿勢を私も見習いたいです。
ーー 建築事務所やデザイン事務所ではなく、ハンディに入ったのはどうしてだったんですか?
英里子:大学4年生のときに自分は何をやりたいんだろうって考えていたときに、雑誌でハンディを見つけて。なにこれ、面白そう!って思ったんです。その後大学院まで進みましたが、卒業前にインターンでハンディに入る面接を受けました。
ーーハンディのどこに惹かれたんですか?
英里子:一番は、設計から施工まで自分たちでやるというコンセプトでしたね。大学では、設計して模型を作ってプレゼンをしたりしていましたが、いったいこれをどうやって作るんだろうって疑問に思っていて。自分が設計をしたのに作り方がわからないんですよね。これまで自分が知っている建築の世界は、設計する人と作る人が分かれている分業が当たり前だと思っていたので、分業ではない世界があるなら知りたいと思って入りました。
英里子:あと、この業界、女性がまだまだ少なくて…。雇ってもらえるなんて思っていなかったので、最初は諦めの気持ちもあって。
ーー確かに男性中心の業界っていう印象がありますね。特に現場は…。
英里子:ほんとラッキーでした。ちょうど中田製作所が女性を採用したいと思っていたタイミングだったのもあって。力ではどうしても男性と同じようにはいかない部分もありますが、男性に負けないというよりも、自分にしかできないことを身に着けていきたいと思ってやっています。
ーー例えばどんなことですか?
英里子:大事にしているのは現場でのコミュニケーションですね。オーナーさんとは密にコミュニケーションをとって、どんなことで困っているのか、本当にやりたいことは何なのかを聞き出して。職人さんは現場の先輩でもあるのでいつも敬意は忘れずに、でも怖がらずに思ったことはしっかり伝えて、相手の要望も組めるように。
技術的にはまだまだ未熟ですが、オーナーさんにも職人さんにも、目の前にいる人みんなの気持ちに寄り添って仕事をすることが、今の自分にできることかなと思っていますね。
やりたいことはとりあえず言ってみる 一歩成長した新築プロジェクト
ーーもうすぐ入社して3年目になりますが、心に残っている現場はありますか?
英里子:全部心に残っていますが、特に大きかったのは2022年に担当した新築戸建てです。色んな人に迷惑もかけましたが、私が中心になって進めさせてもらったので、オーナーさんともいつも以上に密にコミュニケーションを取って作れたという実感があって。
英里子:新築って細かい確認や申請が多くて。リノベーションではやらないことがたくさんあるんですよね。今後のためにも経験してみたいと思って、やりたい!って言いました。
ーー自分でやりたいって言ったんですね。
英里子:代表の裕一さんと理恵さんと話していたときに、今後資格も取っていく中でも役に立つので新築をやりたいですって伝えてみたんです。そうしたら担当させてもらえて。やりたいことはダメ元でもとりあえず言ってみるって重要ですね。チャレンジさせてもらえてありがたかったです。
ーー実際に始まってどうでした?
英里子:本当に目が回るような忙しさでした。中心となって進めていかなきゃいけないのに、自分ができていないことで作業が中断したりも。いっぱい怒られて、いっぱい反省して、いっぱい泣きましたね。
でも、引き渡しが終わった後に、オーナーさんが自分で棚をつけるときに相談してくれたり、再会したときに3歳の娘さんが私のところに来ておうちの相談をしてくれたり。そのとき作業服を着ていなかったのですが、ちゃんと自分のことを家作った人と認識してくれていて。あぁ、嬉しいなぁと、ようやく少し認めてもらった感じがしました。
オーナーさんに経験させてもらって、オーナーさんの寛大さのおかげで一歩成長できたと思っています。
身近な人の暮らしを豊かに
ーー今後は何か挑戦してみたいことはありますか?ハンディでは独立する若手も多いですが。
英里子:経験を積んだ末に個人事業主として自分で決めて自分でやっていくことも楽しそうだなと、ハンディのメンバーを見ていて思ったりもしています。独立して全国を飛び回っているメンバーの生き方を見てすごくいいなと思ったりも。色んな生き方を身近に見られるのはすごく刺激的で、参考にしながら自分の生き方を考えたりもしています。
ーー同年代が活躍している姿は刺激的ですよね。
英里子:そうなんです。生き方が多様だからこそ、自分が大事にしたいことをしっかり持っておく必要があるなと思いました。
私が今大事にしたいことは、身近な人の暮らしを豊かにすることですね。自分の事務所を開いて大きな仕事をしたいというよりは、近くにいる大切な人の暮らしを楽しくしてあげたい。
つい先日、小学校時代の同級生から実家のリノベーションを頼まれて。施工も同級生と一緒にしたんです。
ーーそれは楽しそう!
英里子:すごく嬉しかったです。身近な人の家を作るのはやってみたいことの一つだったので、こんなに早く叶うなんて。
英里子:ものすごく先の話ですが、家のお悩み相談に答えられるお店のようなものも開きたくて。こういう机がほしい、小さなウッドデッキを作りたい、壊れた部分を直したいなど些細なことまで何でも相談できるようなお店。
家のちょっとしたストレスってすぐに解消できないことが意外に多くて。プロに相談してみたら、見積りを取ったりスケジュールを立てたり、工務店に直近ではできないと言われてしまうこともよくあります。
町のパン屋さんやお花屋さんのように、気軽に立ち寄れる町の建築屋さんみたいなものがあってもいいかなって。
ーーそれこそ身近な人を幸せにできそうですね。
英里子:まあ、これはおばあちゃんになってから実現させる、先の夢かもしれませんが(笑)今はとにかく現場の経験を重ねて、自分にしかできないことを見つけられるようにしていきたいです。
HandiHouse projectでは、一緒に活動をする仲間を募集しています。
ご興味がある方は、ぜひ公式サイトよりお問合せください。