『居残り佐平次殺人事件』構想断念事件【オチなし】
「んー。あー、そうか。方言じゃないのか。まいったな」
柏木先生が調べ物をしながら、ぶつぶつ言ってる。
「何がです?」
「よったり」
「酒か車に酔いましたか?」
「いえ、四人を表す言葉です。『よったり』」
「聞いたことねえな」
「落語で『居残り佐平次』というのがあるんですが、遊び人の佐平次が、四人連れの男に声をかけるときに『よったり』って言うんですよ。談志のでは聞いたことあって、志ん朝の音源を聞いたらお店の若いのも『よったり』って言ってるんだよな、まいったな」
「全然、何を言ってるのか、そして、何をまいってるのかわからないんですが」
「方言じゃなかったんですよ、たぶん。これが。『よったり』」
「いや、もう全然話が見えないんですけど」
「あのね、松本清張の『砂の器』で有名な『方言トリック』があるじゃないですか」
「ああ、ズーズー弁を話す男を探して刑事たちが東北を駆けずり回るけど、何の手がかりも得られない。実は島根でもズーズー弁が使われてることがわかって、事件解明の道が開けるってヤツですね」
「そう。あれ、パクりたいなと思って」
「ずいぶん堂々と言うね、この人は」
「で、私、『よったり』って、てっきり江戸弁だと思ってたんです。けれど、ネットで調べたら、津軽弁、仙台弁、茨城弁、あがつま語、和歌山弁、下関弁でも『よったり』を『四人』の意味で使ってわかったんですよ」
「多すぎません?」
「で、ピーンと来たわけですよ。『居残り佐平次殺人事件』ってタイトルが降ってきた」
「それ、たぶん、落語ファンじゃないとピンときませんよ。いや、落語ファンでもダメかも」
「もしも『よったり』が江戸弁じゃないなら、佐平次は『よったり』という言葉を使う地方の出身ということになります。佐平次が殺されて、どうも同郷の男が犯人らしい。『よったり』という方言を使う地域を岡っ引きたちがかけずりまわる、と」
「時代考証の件はさておき、まんま『砂の器』をパクりすぎなうえ、候補地が多すぎでしょ」
「ところがね、ああ、なるほどと思ったのが、『よったり』って『ひとり』『ふたり』と人数を数えるときに『り』を送る形の『四人版』なんですわ。多分、方言じゃなくて、古語的用法。『ひとり』『ふたり』『みたり』『よたり』で、『よたり』が『よったり』になってるだけ」
「ああ、『ひとつ』『ふたつ』『みっつ』『よっつ』みたいな感じってことですね」
「で、『日本書紀』にも『よたり』は出てくるんだそうです。えーっと、『書紀(720)雄略九年三月(前田本訓)「汝(いまし)四(ヨタリ)の卿(まひちきみ)を以て、拝(ことよさ)して大将(おほいいくさのきみ)と為」』だそうです。何が書いてあるかさっぱりわかりませんので、調べたら、雄略天皇が新羅を攻めるのに四人の大将を任命するシーンのようですね」
「ああ、雄略天皇。彼はワカタケル大王で、その名が刻まれた鉄剣がトーハクにありますね」
「もっと有名なのは埼玉の稲荷山古墳から出土した鉄剣のほうですけどね。5世紀末までにはヤマト政権の支配が関東にまで及んでいたという直接的な証拠ですし、日本書紀の記述が考古学的な文字情報の発見で裏付けられている非常に珍しい例ですけど。ま、日本で現存する最古の歴史書に書かれてるわけですし、あれでしょ、柳田國男のあれ、ほら……」
「方言周圏論ですか」
「そう、それ。たぶん、それなんじゃないかなーって」
「あの、そろそろオチに行ってもらっていいですか」
「いやー、だいたいこうやって書いてると、なんかオチが見えてくるんですけどね。方言研究とかには素人すぎて、なんも出てこないんですよね。雄略天皇の頃の前方後円墳の分布と、『よったり』という言葉が今も使われてる地域とがなんらかの類似性が見つかったりしたら面白いかな、とか考えたんですが、そもそも1500年以上離れた日本語の変化を比較することが不可能だし、変数が多すぎて、トンデモ理論をでっちあげても、即座に崩壊するっていうか、エンタメにならないっていうか」
「まあ、『源義経はジンギスカンになった説』とか昔の語呂合わせで奇妙な説をでっち上げてる本とかもそうとうひどいんで、でっちあげようと思えばできるとは思いますが。『ジンギスカンは別名を『クロー』といい、『九郎判官義経』と一致するとか、強引な似た言葉探しゲームはオカルトの特徴でもありますしね。ただ、ある程度は書き手がマジにならないと、やってられないですけどね。じゃあ、今回はボツですね」
「ま、本来は作品になってないんでボツなんですけど、こんなもんでも上げとく厚顔無恥さが必要な時代だと思いますんで、上げときましょう」
「なんか後半なんか人格を書き分けることも放棄してるじゃねーか、とかもっともっとメタな展開に持っていってもいいけど、うん、これ以上、駄文を書き連ねるのはやめときましょう」